11、右京ほたるの本業

文字数 1,867文字

 朝一に、地下から一階へ続く階段でエリカとばったり会った。
 生徒会室で美星と「接触するな」と警告されて以来、まともに話していなかったこともあり、反射的に肩がすくんだ。一方、エリカは僕の気も知らずに相変わらず眠たそうな目をしていた。
 「不眠症?」
 とっさに訊いてみたが、彼女は怒ることすらエネルギーの無駄と言う態で「どうだろうな。体調が良くない」と素っ気ない返事をした。
 一番前の席に座っていることもあって、彼女の姿はいつも目に入ってしまう。
 黄賀エリカが大きなあくびを繰り返して気怠そうにしている姿はすっかり目に焼き付いてしまっていた。
 毎日、夜更かしでもしているのだろうか。
 「保健室に行ったら?」
 「だから今、行ってきたとこ」
 保健室は一階のはずでは? と素朴な疑問を持ったが、代わりに特別保健室が地下にあることをすぐに思い出す。
 この機会に保健室と特別保健室との違いを訊こうとしたが、すでにエリカは僕の視界から消えていた。

 教室に戻ると、期末テスト前日ともあって塾でまとめてきたノートを見直したり、赤のチェックシートを使って要点を確認するクラスメイトの姿がちらほらと見られた。
 なんとなくバツが悪くて一限目の授業の教科書を用意していると、右京ほたるが教室に姿を見せた。目の端でも、背が高く人を寄せ付けないオーラを纏う右京ほたるの存在感は抜群だった。
 「右京さん」
 彼女が着席するタイミングで声をかけた。
 ニコリともせず彼女は鞄の中から筆記用具を出すついでに「おはよう」と返してきた。
 「右京さんは、期末テストの勉強進んでる?」
 僕の質問に、席から近いクラスメイトが数人こちらを振り返った。
 彼女に気軽に声をかけたくともかけられない男たちの嫉妬の眼差しとも取れる反面、鈍感な転校生だなと憐れみにも受け取れた。
 「本業が疎かにならない程度にね」
 「本業?」
 表情からはわかりにくいが、今日のほたるは少し機嫌が良いのかもしれない。会話が続く言葉を投げかけてくるのは珍しい。
 「ええ。学校は、おまけのようなものだから」
 その返しに、「カッコイイ!」と内心叫んでしまった。
 「もしかして、漫画家とか小説家とか? 右京さんなら、文才ありそうだし納得。昔、自分と同い年の小学生の子が描いている絵本に夢中になったっけ」 
 だいぶ前から彼女が文学少女であることは把握済みだ。
 いつも僕が見える通路側に彼女は鞄を掛けるので、自然とその中身が見えてしまうのだ。
 夏目漱石や芥川竜之介の純文学から、最新のライトノベルまでとにかく本のジャンルは幅広い。また、ライトノベルに関してはカバーを裏返してつけていることが多い。漫画チックなキャラクターの表紙は、もしかすると彼女が隠したい趣向なのかもしれない。
 でも僕はそれをいつか皆の前で取り外して赤面する彼女が見てみたいと密かに思っていたり。
 「文才なんてないわよ」
 彼女は自嘲気味に言う。
 「じゃあ、意表を突いてゲームとか作ってたり?」
 すぐさま首を横に振った。
 「神社での仕事よ。巫女をやってるの」
 予想を超える返答だった。
 「巫女さん? 本業って……アルバイトじゃないってこと?」
 「そうね。期限付きで働いたりはしないわ」
 僕は巫女の緋袴姿の彼女を妄想した。
 短めの髪に凛とした顔立ち、そして、すらりと伸びた身長。間違いなく美しいだろう。
 「いつからやってるの?」
 「物心ついたときからよ」
 早熟なのは容易に想像できたが、見習いであれ子どもが巫女として働けるのだろうか。
 疑問は次々と湧き上がってくる。
 「参拝者から深くお辞儀をされることがよくあるわね」
 ほたるは透明のカバーをつけた教科書とノートを几帳面に並べながら、思い出したように言う。よく見ると、ほくそ笑むように口角が吊り上がっていた。
 確かにほたるはとっつきにくい性格かもしれないが、転校初日に初めて言葉を交わした時から人とは違う魅力があることを僕は認めていた。
 自分でも喋り過ぎたと思ったのか、僕との会話を遮断し、ノートの上をシャーペンで走らせた。
 彼女同様に僕もノートと教科書を開いた。一見、予習をしているように見せかけて、実はほたるとこの短い時間に交わされた言葉を一言一句、思い返しながらにやついていた。
 そんな時、キツネザビが豪快に扉を開けて闖入(ちんにゅう)してきた。
 最悪教師による授業も、ほたるのおかげで何とか乗り切れそうだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

◆鬼月丹司


芽八市に引っ越してきた中学二年生。

PCと散歩が趣味。

大らかで誰とでも打ち解ける性格。


◆美星

(イラスト/ちすお様)


丹司が家の近所で出会った浴衣姿の

ミステリアスな少女。

猫のグージーと暮らしている。

人目を極端に避けようとする。

◆グージー

(イラスト/高橋直樹様)


美星といつもいるキジ白猫。

◆黄賀エリカ

(イラスト/ちすお様)


生徒会長。身長と胸のサイズを気にしている。

昼間は屍のように机に突っ伏しているが、

放課後になると、生徒会の仕事に活発に取り組む。

美麗な容姿に似合わず男っぽい口調。


◆右京ほたる

(イラスト/ちすお様)


本業は巫女。

冷静沈着で、積極的に人とかかわりを持たない。

冷ややかな口調だが、けっして不機嫌なわけでない。


◆工藤乃瑛琉

(イラスト/ちすお様)


童顔の容姿に似合わずグラマラス。

ふわふわとした物言いで、

心を読み取りづらい。

虚弱体質で不登校がちのようだが・・・。

◆兵頭新之助


裏生徒会長。

当初は丹司に対して高圧的な態度で

接していたが、丹司のあっけらかんとした

性格に気圧され、徐々に仲を深めてゆく。

実は、仲間思い。


◆相沢真澄


裏生徒会メンバーのひとり。

理知的で物静かだが、

意見はハッキリと口にする。

親が町一番の金持ち。

◆石井悠善


通称石井ちゃん。

裏生徒会メンバーのひとり。

兵頭を心酔し、腰ぎんちゃくのように

兵頭と行動を共にする。


◆マサヤ伯父さん


市街に住む丹司の伯父。

中学の技術の先生。

仕事にのめり込む丹司の父を心配する。

◆キツネザビ


担任の先生。

口が悪く特に転校生の丹司に

冷たい態度をとる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み