23、ビーネが語る妹君
文字数 2,199文字
例大祭当日。
女蜂神社に集合する時刻は十二時。
のはずが、それより二時間も前にインターホンが鳴った。
父はすでに外出してたらしく、その音は延々に鳴り響く。
タオルケットを押し上げて、頭をガシガシ掻きながら階段を下りた。
「誰ですかー」
ドアを開けると、黄賀兄妹が並んでいた。
「丹司! おはよ」
「丹司お兄さん、ハロー」
重なった声とまばゆい金色の髪が、どこかまだ眠っていた脳を完全に目覚めさせた。
エリカは右手で山吹色の和傘を差している。服装は黒のプリーツスカートと、白のブラウスに金色のネクタイを締め、その上からは胸元の蜂が羽を広げた校章が隠れないよう意識しているのか、右肩に生徒会長のタスキを掛けている。
言うまでもなく靴は、いつもの厚底だ。
一方、兄のビーネも校章入りの半袖シャツに黒のズボンという制服姿。てっきり例大祭も独自のファッションを貫くと思っていただけに少し意外だった。
「さては、集合時間の十五分前に家を出ればいいなとか思っていたな? とっとと制服に着替えろ、丹司!」
「親みたいな台詞吐くな、ったく」
「オフコース! 妹は例大祭に命をかけているんだよ?」
「そうだったな」
頭を掻きながら、自室に戻り着替えることにした。
支度をして戻ると、とうにエリカはいなくなっていた。
「あれ、妹君は?」
「神社の方から電話が来てさー。準備に手間取ってるらしく? 先に行っちゃったよぉん」
「準備に? つくづく、生徒会長ってのは大変な役回りだな」
不本意な起こされ方だったものの、内心がっかりしている自分がいた。
エリカの溌溂とした声と生き生きとした猫目は、見ていて元気が湧き出る。
スニーカーを履いていると、なぜかふと初めて教室に入った日の風景がよみがえった。教卓の真正面で爆睡していたエリカ。
「そういえば、最近ぐったりしているところを見かけないけど、妹君は体調良いの?」
ビーネは、携帯から顔を上げた。
「エリカは、あー見えてひ弱なんだよー。でも、そんな自分が大嫌いらしいからねー。特に母親の前ではいつも強がってんねー。生徒会長になったのも、あたしは強い女、できる女、やればできる女、みたいなイメージを持たれたいがゆえって言うのー? 実際、それで母親の見る目も変わったしねー。てか、歩きながら話しませんかー? 丹司お、に、いさぁん♡」
「その気色悪い言い方どうにかならない? 年齢もあなたの方が上でしょうが……」
携帯をポケットにしまって歩き出したビーネに、呆れた声で言った。
雲ひとつない空から、白い陽射しが降り注いでいた。
じりじり焦がす紫外線。今日はまだまだ気温が上昇するだろう。
それにしても、エリカが虚弱体質だったとは。
単に遅くまで起きて何かしら活動しているせいで午前中は机に突っ伏すことが多いのかと思っていた。人知れず努力する彼女を尊敬する。
「そういえば、特別健康診断で特殊体質だと認定されたと思うんだけど、兄妹で違うもんなの?」
素朴な質問を口にしてみた。
「あれは基本女子だけだからねー。まぁ、オレもムダ毛少ないし、美形だから女子に間違えられたこともあったけど?」
彼は自嘲気味に言うわけではなく、自慢気に口にした。
「でも勘違いはするなよー? エリカは特別健康診断には完全に引っかかったわけじゃない。特別なオナゴだっていう基準値にはギリギリだった。あ、これ、誰にも言わないでね? 超シークレットでお願い」
「それ、本人が言ってたのか?」
彼は真面目な顔でうなづく。
「オナゴの特別授業でグループ分けされて、基準値の高い女子たちが学ぶことをエリカは教われないってこともあっただろうねー。あの性格だからケッコー悔しかったと思うんだー」
ほたるや乃瑛琉に確認を取ったわけではないが、確かに彼女だけ電波塔についての知識は持っていないように感じた。
やがて、神社の外にまで熱気が感じられてきた。
「さすがに当日となると凄い人だねー」
ビーネに言われて遅れて気づく。
いつも閑散としている家の前の坂道には、北の女蜂神社を目指して歩く人々の姿があった。
どこからともなく、お祭りの音楽も聞こえてくる。家のガレージを利用して、十円単位の商売をしている人がちらほら見受けられた。ジュース缶を並べた輪投げや、手作り餃子に、焼きそば、わたあめ。
「この雰囲気、オレ超好きー! 向こうの露店ってあんまバラエティーに富んでないからさー」
「やっぱり、金魚すくいとか日本の文化なの?」
質問している途中で、すでにビーネはガレージの前に移動して店の人と会話をしていた。
自由過ぎる点とつかみどころのない点は、兄妹の共通点だ。
ビーネが買い物を終えるまでに、携帯で時間を二度も確認した。
「丹司お兄さんにも、これあげる♡」
そういって渡されたコーラ瓶と栓抜きを手に取った。開栓すると、泡がシュワシュワ言いながら缶に対して半分以上も溢れ出てきた。
「わざと振っただろう?」
ビーネは歯を見せて呵々大笑した。
しかし、今まで知らなかったエリカについて少しでも知ることができたのは、大げさかもしれないが僕にとっては僥倖と言えた。
そうこうしているうちに、神社の正門まで辿り着いた。
女蜂神社に集合する時刻は十二時。
のはずが、それより二時間も前にインターホンが鳴った。
父はすでに外出してたらしく、その音は延々に鳴り響く。
タオルケットを押し上げて、頭をガシガシ掻きながら階段を下りた。
「誰ですかー」
ドアを開けると、黄賀兄妹が並んでいた。
「丹司! おはよ」
「丹司お兄さん、ハロー」
重なった声とまばゆい金色の髪が、どこかまだ眠っていた脳を完全に目覚めさせた。
エリカは右手で山吹色の和傘を差している。服装は黒のプリーツスカートと、白のブラウスに金色のネクタイを締め、その上からは胸元の蜂が羽を広げた校章が隠れないよう意識しているのか、右肩に生徒会長のタスキを掛けている。
言うまでもなく靴は、いつもの厚底だ。
一方、兄のビーネも校章入りの半袖シャツに黒のズボンという制服姿。てっきり例大祭も独自のファッションを貫くと思っていただけに少し意外だった。
「さては、集合時間の十五分前に家を出ればいいなとか思っていたな? とっとと制服に着替えろ、丹司!」
「親みたいな台詞吐くな、ったく」
「オフコース! 妹は例大祭に命をかけているんだよ?」
「そうだったな」
頭を掻きながら、自室に戻り着替えることにした。
支度をして戻ると、とうにエリカはいなくなっていた。
「あれ、妹君は?」
「神社の方から電話が来てさー。準備に手間取ってるらしく? 先に行っちゃったよぉん」
「準備に? つくづく、生徒会長ってのは大変な役回りだな」
不本意な起こされ方だったものの、内心がっかりしている自分がいた。
エリカの溌溂とした声と生き生きとした猫目は、見ていて元気が湧き出る。
スニーカーを履いていると、なぜかふと初めて教室に入った日の風景がよみがえった。教卓の真正面で爆睡していたエリカ。
「そういえば、最近ぐったりしているところを見かけないけど、妹君は体調良いの?」
ビーネは、携帯から顔を上げた。
「エリカは、あー見えてひ弱なんだよー。でも、そんな自分が大嫌いらしいからねー。特に母親の前ではいつも強がってんねー。生徒会長になったのも、あたしは強い女、できる女、やればできる女、みたいなイメージを持たれたいがゆえって言うのー? 実際、それで母親の見る目も変わったしねー。てか、歩きながら話しませんかー? 丹司お、に、いさぁん♡」
「その気色悪い言い方どうにかならない? 年齢もあなたの方が上でしょうが……」
携帯をポケットにしまって歩き出したビーネに、呆れた声で言った。
雲ひとつない空から、白い陽射しが降り注いでいた。
じりじり焦がす紫外線。今日はまだまだ気温が上昇するだろう。
それにしても、エリカが虚弱体質だったとは。
単に遅くまで起きて何かしら活動しているせいで午前中は机に突っ伏すことが多いのかと思っていた。人知れず努力する彼女を尊敬する。
「そういえば、特別健康診断で特殊体質だと認定されたと思うんだけど、兄妹で違うもんなの?」
素朴な質問を口にしてみた。
「あれは基本女子だけだからねー。まぁ、オレもムダ毛少ないし、美形だから女子に間違えられたこともあったけど?」
彼は自嘲気味に言うわけではなく、自慢気に口にした。
「でも勘違いはするなよー? エリカは特別健康診断には完全に引っかかったわけじゃない。特別なオナゴだっていう基準値にはギリギリだった。あ、これ、誰にも言わないでね? 超シークレットでお願い」
「それ、本人が言ってたのか?」
彼は真面目な顔でうなづく。
「オナゴの特別授業でグループ分けされて、基準値の高い女子たちが学ぶことをエリカは教われないってこともあっただろうねー。あの性格だからケッコー悔しかったと思うんだー」
ほたるや乃瑛琉に確認を取ったわけではないが、確かに彼女だけ電波塔についての知識は持っていないように感じた。
やがて、神社の外にまで熱気が感じられてきた。
「さすがに当日となると凄い人だねー」
ビーネに言われて遅れて気づく。
いつも閑散としている家の前の坂道には、北の女蜂神社を目指して歩く人々の姿があった。
どこからともなく、お祭りの音楽も聞こえてくる。家のガレージを利用して、十円単位の商売をしている人がちらほら見受けられた。ジュース缶を並べた輪投げや、手作り餃子に、焼きそば、わたあめ。
「この雰囲気、オレ超好きー! 向こうの露店ってあんまバラエティーに富んでないからさー」
「やっぱり、金魚すくいとか日本の文化なの?」
質問している途中で、すでにビーネはガレージの前に移動して店の人と会話をしていた。
自由過ぎる点とつかみどころのない点は、兄妹の共通点だ。
ビーネが買い物を終えるまでに、携帯で時間を二度も確認した。
「丹司お兄さんにも、これあげる♡」
そういって渡されたコーラ瓶と栓抜きを手に取った。開栓すると、泡がシュワシュワ言いながら缶に対して半分以上も溢れ出てきた。
「わざと振っただろう?」
ビーネは歯を見せて呵々大笑した。
しかし、今まで知らなかったエリカについて少しでも知ることができたのは、大げさかもしれないが僕にとっては僥倖と言えた。
そうこうしているうちに、神社の正門まで辿り着いた。