27、14年前、メバチ症と
文字数 2,462文字
事態が急変したのは、それから一か月後のこと。
少女の予言通り、彼女が血まみれで倒れていた日、境内にいた住民らは市内の病院に駆け込んできた。
一人目は、成人にも満たない女性だが妊娠しており、まともな職についていない男と一緒に参拝しに来ていた。
二人目は、女蜂神社で巫女として働いた経験を持ち、その後は帝王貝細工の下で雑務をこなしていた三十にも満たない女性で、彼女もまた懐妊中だった。
三人目は、数学者の女性で、市内を走る路面電車に乗ろうとしていたが待ち合わせ時間を大幅に過ぎて非常に焦っていた。そこで、駅までの道をショートカットするために女蜂神社を通行中だったという。そんな彼女も申し合わせたように妊娠中だったとか。
偶然の一致か、それとも美星が引き寄せたのか、三人の女性は揃いも揃ってお腹に子を宿していた。三人は病院で同じことを口にしている。
「まったく眠れない」と。
脳が極度の興奮状態なのだ。言わずもがな、病院が処方する薬では改善傾向は見られなかった。やむを得ず三人が最終的に相談場所として向かった先が、まさにこの女蜂神社だった。
妻のアザミも皆と同様に妊娠中だった。芽八市の外で同じ病例はなかったことをいいことに、妻には打ち明けてしなかった。無駄に不安を煽りたくはなかったからだ。
三人の妊婦が宿している胎児にもまたある種の共通点が見られた。美星の往診を行った日も、自然の神秘ほど奇々怪々なものはないと思っていたが、今回ばかりは僕自身も理解に苦しんだ。どう説明すれば妊婦たちは納得してくれるだろうか。
在学中、半年間アメリカ留学した際にお世話になった権威ある先生、大学でお世話になった教授、先端医療に詳しい知人にも手紙や電話を片っ端からかけて可能な限り話を伺った。
しかし、誰にも本当のことが言えなかったので、実のある会話ができないことも多くもどかしい思いばかり。それでも、一ヵ月費やして自分なりに仮説を立てては検証しを繰り返し一応は結論づけた。
身を寄せ合うように座っていた黄賀夫妻と右京夫妻に加え、まだまだ母親とは呼べないような若い母を診察室に集めた。非難を浴びることを覚悟の上で。
「今からお話しすることは、異端妄想ではありません。落ち着いて聞いてください。あの日、女蜂神社で血まみれの少女が倒れていたのを皆さんはご存知だと思います。彼女に付着していた血液が感染源だと今のところ思われます。ただ、神社を一歩出ると民家がありますし、妊婦もいたようですが、誰も皆さんのように極度の不眠症になったという話はありません。空気感染の範囲が非常に狭いのです。そして、ここからは大変申し上げにくいことなのですが、胎児のエコー検査を行ったところ、心拍数を確認できなかったのです。あるべき場所に心臓がないのです」
この言葉には案の定、苛立った様子で「そんなこと信じられるか」と口々に叫ばれた。それでも僕は毅然とした態度で説明を続けた。
「しかし、背中から腰にかけて背脈管は存在します」
背脈管を説明する時も、お腹の子が虫だっていうの? と妊婦たちは騒ぎ立てた。その気持ちはわからないでもなかったが、事実をあるままに伝える責務は曲げたくなかった。
「とにかく異常な状態が起こっています」
そう締めくくろうとすると、今度は皆がこぞって心細い態度を見せた。
「実は、僕の妻も今妊娠しています。とても他人事とは思えません。前例がないので百パーセントとは言えませんが、何事にも例外はつきものです。未知なる恐怖に人は怯えがちですが必ず解決方法はあるはずです。この土地には信仰が根付いているとも聞きました。とにかく、神社と医療と民間企業が三位一体となってサポートしていくことを誓います」
まるで政治家のような熱弁をふるってしまったわけだが、不安な時こそ人はそれらしい強い言葉を信じようとする。
情熱のかいあってか、三人の妊婦は無事に元気な赤子を出産した。若過ぎる妊婦だけがやや失望していたが(流産を望んでいたのかもしれない)。けれど、悪い意味で僕が予想していた異常な状態は当たってしまう。どの赤子も、人間離れした特異な体質を持って生まれてしまったのだ。
一人目の女児は、一日の半分も起きていられない。二人目の女児は、感情表現が極端に希薄。三人目の女児は、極度の虚弱体質。
もはや僕に、不安と怒りをぶつけるだけで聞く耳を持たない母親はいなかった。
あとになって、この病気を<メバチ症>と名付けた。そして、独自の研究を重ね、僕は彼女たちの期待に応えるために違法な新薬を開発した。無論、こっそり帝王貝細工が育てていた少女のためでもある。初期の段階から七度の試行錯誤を経て、今現在芽八市立病院で処方されている配合1007が誕生。
しかし、薬だけでは芽八市民の体調をコントロールできなくなった。限りなく人間に近い女蜂は、紫外線を目にすることができる。その体質を利用して、電波塔の建設を勧めた。一見、普通の電波塔だが別の役割を持つ。本来ならば、配合1007より効果が期待できる薬を生成すれば済むはずだが、製薬の工程がなかなか追いつかないのが現状だった。
なぜなら、三人の女蜂が生まれたことで、そこから新たに空気感染が広がったのだ。美星の時とは比べてその脅威は劣るものの、確実に原因はそこにあった。
芽八市では短期間ではあったものの一種の混乱が生じたが、国がこれを強引に隠ぺいした。苦肉の策として国は芽八市は存在しないものとして扱うことにした。昨今ほどネットが普及していなかったこともあり、容易に制限をもうけることができた。
そんなある日、樹は考え方を一転。
血の滲むような研究の末、女蜂に対し、ある波長の紫外線を照射することで体内への薬効成分の循環を効率化し、薬効を何倍にも引き上げられることがわかった。まさにそれをシステム化して導入したものが電波塔に他ならない。
少女の予言通り、彼女が血まみれで倒れていた日、境内にいた住民らは市内の病院に駆け込んできた。
一人目は、成人にも満たない女性だが妊娠しており、まともな職についていない男と一緒に参拝しに来ていた。
二人目は、女蜂神社で巫女として働いた経験を持ち、その後は帝王貝細工の下で雑務をこなしていた三十にも満たない女性で、彼女もまた懐妊中だった。
三人目は、数学者の女性で、市内を走る路面電車に乗ろうとしていたが待ち合わせ時間を大幅に過ぎて非常に焦っていた。そこで、駅までの道をショートカットするために女蜂神社を通行中だったという。そんな彼女も申し合わせたように妊娠中だったとか。
偶然の一致か、それとも美星が引き寄せたのか、三人の女性は揃いも揃ってお腹に子を宿していた。三人は病院で同じことを口にしている。
「まったく眠れない」と。
脳が極度の興奮状態なのだ。言わずもがな、病院が処方する薬では改善傾向は見られなかった。やむを得ず三人が最終的に相談場所として向かった先が、まさにこの女蜂神社だった。
妻のアザミも皆と同様に妊娠中だった。芽八市の外で同じ病例はなかったことをいいことに、妻には打ち明けてしなかった。無駄に不安を煽りたくはなかったからだ。
三人の妊婦が宿している胎児にもまたある種の共通点が見られた。美星の往診を行った日も、自然の神秘ほど奇々怪々なものはないと思っていたが、今回ばかりは僕自身も理解に苦しんだ。どう説明すれば妊婦たちは納得してくれるだろうか。
在学中、半年間アメリカ留学した際にお世話になった権威ある先生、大学でお世話になった教授、先端医療に詳しい知人にも手紙や電話を片っ端からかけて可能な限り話を伺った。
しかし、誰にも本当のことが言えなかったので、実のある会話ができないことも多くもどかしい思いばかり。それでも、一ヵ月費やして自分なりに仮説を立てては検証しを繰り返し一応は結論づけた。
身を寄せ合うように座っていた黄賀夫妻と右京夫妻に加え、まだまだ母親とは呼べないような若い母を診察室に集めた。非難を浴びることを覚悟の上で。
「今からお話しすることは、異端妄想ではありません。落ち着いて聞いてください。あの日、女蜂神社で血まみれの少女が倒れていたのを皆さんはご存知だと思います。彼女に付着していた血液が感染源だと今のところ思われます。ただ、神社を一歩出ると民家がありますし、妊婦もいたようですが、誰も皆さんのように極度の不眠症になったという話はありません。空気感染の範囲が非常に狭いのです。そして、ここからは大変申し上げにくいことなのですが、胎児のエコー検査を行ったところ、心拍数を確認できなかったのです。あるべき場所に心臓がないのです」
この言葉には案の定、苛立った様子で「そんなこと信じられるか」と口々に叫ばれた。それでも僕は毅然とした態度で説明を続けた。
「しかし、背中から腰にかけて背脈管は存在します」
背脈管を説明する時も、お腹の子が虫だっていうの? と妊婦たちは騒ぎ立てた。その気持ちはわからないでもなかったが、事実をあるままに伝える責務は曲げたくなかった。
「とにかく異常な状態が起こっています」
そう締めくくろうとすると、今度は皆がこぞって心細い態度を見せた。
「実は、僕の妻も今妊娠しています。とても他人事とは思えません。前例がないので百パーセントとは言えませんが、何事にも例外はつきものです。未知なる恐怖に人は怯えがちですが必ず解決方法はあるはずです。この土地には信仰が根付いているとも聞きました。とにかく、神社と医療と民間企業が三位一体となってサポートしていくことを誓います」
まるで政治家のような熱弁をふるってしまったわけだが、不安な時こそ人はそれらしい強い言葉を信じようとする。
情熱のかいあってか、三人の妊婦は無事に元気な赤子を出産した。若過ぎる妊婦だけがやや失望していたが(流産を望んでいたのかもしれない)。けれど、悪い意味で僕が予想していた異常な状態は当たってしまう。どの赤子も、人間離れした特異な体質を持って生まれてしまったのだ。
一人目の女児は、一日の半分も起きていられない。二人目の女児は、感情表現が極端に希薄。三人目の女児は、極度の虚弱体質。
もはや僕に、不安と怒りをぶつけるだけで聞く耳を持たない母親はいなかった。
あとになって、この病気を<メバチ症>と名付けた。そして、独自の研究を重ね、僕は彼女たちの期待に応えるために違法な新薬を開発した。無論、こっそり帝王貝細工が育てていた少女のためでもある。初期の段階から七度の試行錯誤を経て、今現在芽八市立病院で処方されている配合1007が誕生。
しかし、薬だけでは芽八市民の体調をコントロールできなくなった。限りなく人間に近い女蜂は、紫外線を目にすることができる。その体質を利用して、電波塔の建設を勧めた。一見、普通の電波塔だが別の役割を持つ。本来ならば、配合1007より効果が期待できる薬を生成すれば済むはずだが、製薬の工程がなかなか追いつかないのが現状だった。
なぜなら、三人の女蜂が生まれたことで、そこから新たに空気感染が広がったのだ。美星の時とは比べてその脅威は劣るものの、確実に原因はそこにあった。
芽八市では短期間ではあったものの一種の混乱が生じたが、国がこれを強引に隠ぺいした。苦肉の策として国は芽八市は存在しないものとして扱うことにした。昨今ほどネットが普及していなかったこともあり、容易に制限をもうけることができた。
そんなある日、樹は考え方を一転。
血の滲むような研究の末、女蜂に対し、ある波長の紫外線を照射することで体内への薬効成分の循環を効率化し、薬効を何倍にも引き上げられることがわかった。まさにそれをシステム化して導入したものが電波塔に他ならない。