18、そうだ、泳ぎに行こう
文字数 1,372文字
その日の朝は、いつも以上にテレビに釘付けの母。
どのチャンネルも、台風の詳しい進路を伝えていた。その横で僕は、のんきに水着一式とバスタオルをプールバッグに詰め込む。
「夕方から大荒れみたいだから、早く帰ってきなさいね」
静かな口調で母は言う。
父の姿はどこにもなかった。ここのところ、休みの日も返上して仕事をしている。
「父さんは?」
わかっていたが、マサヤ伯父さんの電話が気がかりでつい訊いてしまった。
「病院勤務の後、ご友人のところへ行ったわ」
「例の神主さん?」
僕の問いに母はテレビから目を離すことなく乾いた声で返す。
「その神主さんって、信用できる人? 母さんは、会ったことある?」
窓を打つ雨が強さを増してきた。午前中のはずが、照明なしのリビングは薄闇で視界がぼんやりとしている。
「会ったことはないけれど、お父さんのことは信用してあげなさい」
昔から気づいていたことだが、母は自分というものを持っていない。父は、自分がやりたいことに対してあれこれ意見を言わず、ただ黙ってついてきてくれる人が良いのだろう。そういう意味では、相性の良いふたりなのかもしれない。
雨の音より小さな声で「行ってくるわ」と口にして外に出た。気のせいかもしれないが、家を出る直前、母の視線はリビング奥の仏壇に向いていた。
坂を下りて左折し、いつもの大通りを歩いて芽八中へと向かう。
学校の屋上が見えてくると、やたら女子生徒の姿が目に入った。女子の運動部で練習でもあるのだろうか。
疑問に思いながら歩いていると、地面から揺れを感じた。地震かと思い辺りを見まわすと、老朽化して解体されず残された建物と、形だけの公園の間にある十数メートル四方のステンレス製の門扉が突然両側に開き始めた。中から車でも出てくるのかと思ったが、違った。
まさか、そこから天を貫くような塔が出てくるとは思わなかった。いつも通学時には見られない塔だったが、そのあとピンときた。教室から見える、あの電波塔だ。二年三組の窓の方角とだいたい一致する。こんなSFじみたものが、この寂れた芽八市にあるのも違和感を覚えた。
ひとりであれこれ考えているうちに、校門が見えてきた。ただでさえ男子生徒の比率が少ない中学校だったが、今日は特段少なく肩身が狭かった。引き返そうかためらったが、校舎をまわってプールに駆け込むまで五分とかからない距離なので足早に移動することにした。
男子更衣室に入ると、他のクラスの男子生徒たちが着替えている最中だった。それを見て少し気が軽くなる。
それにしても、近頃、心配事が多くて頭がスッキリしない。着替えてる間もずっと一連のことが総まとめのように脳内を駆け巡っていた。
父と神主との危うい関係、芽八市が検索でヒットしないこととそれを人に言ってはいけないという父からの忠告、マサヤ伯父さんが抱く疑問点、特別保健室や北理科室などの名称、一族が滅んだと言う美星の重苦しい言葉、美星あるいは美星の縁者と思われる例大祭の写真、工藤乃瑛琉の怪我について、遊び半分で作成されたわけではない女帝リスト、余所者を嫌うこの芽八市や担任のことなど。
僕は頭を左右に激しく振った。そそくさと着替え、脳内の雑念をすべて消し去るため泳ぐことにした。
どのチャンネルも、台風の詳しい進路を伝えていた。その横で僕は、のんきに水着一式とバスタオルをプールバッグに詰め込む。
「夕方から大荒れみたいだから、早く帰ってきなさいね」
静かな口調で母は言う。
父の姿はどこにもなかった。ここのところ、休みの日も返上して仕事をしている。
「父さんは?」
わかっていたが、マサヤ伯父さんの電話が気がかりでつい訊いてしまった。
「病院勤務の後、ご友人のところへ行ったわ」
「例の神主さん?」
僕の問いに母はテレビから目を離すことなく乾いた声で返す。
「その神主さんって、信用できる人? 母さんは、会ったことある?」
窓を打つ雨が強さを増してきた。午前中のはずが、照明なしのリビングは薄闇で視界がぼんやりとしている。
「会ったことはないけれど、お父さんのことは信用してあげなさい」
昔から気づいていたことだが、母は自分というものを持っていない。父は、自分がやりたいことに対してあれこれ意見を言わず、ただ黙ってついてきてくれる人が良いのだろう。そういう意味では、相性の良いふたりなのかもしれない。
雨の音より小さな声で「行ってくるわ」と口にして外に出た。気のせいかもしれないが、家を出る直前、母の視線はリビング奥の仏壇に向いていた。
坂を下りて左折し、いつもの大通りを歩いて芽八中へと向かう。
学校の屋上が見えてくると、やたら女子生徒の姿が目に入った。女子の運動部で練習でもあるのだろうか。
疑問に思いながら歩いていると、地面から揺れを感じた。地震かと思い辺りを見まわすと、老朽化して解体されず残された建物と、形だけの公園の間にある十数メートル四方のステンレス製の門扉が突然両側に開き始めた。中から車でも出てくるのかと思ったが、違った。
まさか、そこから天を貫くような塔が出てくるとは思わなかった。いつも通学時には見られない塔だったが、そのあとピンときた。教室から見える、あの電波塔だ。二年三組の窓の方角とだいたい一致する。こんなSFじみたものが、この寂れた芽八市にあるのも違和感を覚えた。
ひとりであれこれ考えているうちに、校門が見えてきた。ただでさえ男子生徒の比率が少ない中学校だったが、今日は特段少なく肩身が狭かった。引き返そうかためらったが、校舎をまわってプールに駆け込むまで五分とかからない距離なので足早に移動することにした。
男子更衣室に入ると、他のクラスの男子生徒たちが着替えている最中だった。それを見て少し気が軽くなる。
それにしても、近頃、心配事が多くて頭がスッキリしない。着替えてる間もずっと一連のことが総まとめのように脳内を駆け巡っていた。
父と神主との危うい関係、芽八市が検索でヒットしないこととそれを人に言ってはいけないという父からの忠告、マサヤ伯父さんが抱く疑問点、特別保健室や北理科室などの名称、一族が滅んだと言う美星の重苦しい言葉、美星あるいは美星の縁者と思われる例大祭の写真、工藤乃瑛琉の怪我について、遊び半分で作成されたわけではない女帝リスト、余所者を嫌うこの芽八市や担任のことなど。
僕は頭を左右に激しく振った。そそくさと着替え、脳内の雑念をすべて消し去るため泳ぐことにした。