6、三人の女帝候補
文字数 4,180文字
芽八中学の生徒御用達のたこ焼き屋『タコに恩返し』で、僕は裏生徒会のメンバーと顔を突き合わせていた。自宅まで残り二十歩というところで、兵頭たちに拉致されたのだ。
石井は店内に入るなり、首振り扇風機が一番よくあたる奥の四人席を素早く確保。
「さて、スチューデント・ナンバー・ファイブよ! 女帝は決まったかな?」
まさか、僕のアドバイスを素直に受け入れるとは思わなかっただけに驚いた。何がって?オールバックは変わらなかったが、ワックスが違うのだ。こういった微妙な変化に気づくのは子供の頃から得意だった。俄然、髪のシルエットが良くなっていた。
「心、ここにあらずのようだが、大丈夫か、スチューデント・ナンバー・ファイブ!」
「兵頭さんが作ったリストにはちゃんと目を通したか?」
右側に座っていた小太りの石井が、メガサイズのウーロン茶を飲みながらドスのきいた声で訊いてきた。本当に中学生なのかと疑ってしまう。
「決めたよ。でも」
「でも?」
すかさず兵頭が詰めてくる。
「でも、公表するつもりはない」
喧嘩腰で言ったわけではなかったが、石井はイスを勢いよく引いて立ち上がった。
「おまえ、転校生の分際で兵頭さんに向かって」
「おいおい、店で暴れんな」
兵頭にも一丁前の常識はあるらしく、石井がすべて言い終わらないうちに歯止めをかけた。
「理由を聞こうじゃないか、スチューデント・ナンバー・ファイブ!」
兵頭の右手に座る相沢もこちらを一瞥した。
「納得がいかないんだよね」
意外にも相沢の睨みに一番、迫力があった。
「みんなは誰を支持しているの? それは、教えてもらえるのかな?」
「な、生意気だぞ!」
兵頭の顔が赤くなった。
ワックスの助言を素直に聞き入れたことと言い、見た目によらず純情なのかもしれない。
「じゃあ、互いに誰を支持しているのかは知らないもんなの?」
兵頭ではうまく対処できないと思ったのか、横から相沢が持ち前の低い声で答えた。
「毎年、支持する女帝は変わる」
相沢のフォローは、アドリブなのか真実なのか判断が難しいところだった。
「なるほど。取り敢えず信じておくよ」
何を言っても相沢の表情は動かなかった。
「それから、女帝を決める主旨を説明されていない。なのに、リストだけ手渡されて贔屓にしたい女子を決めて教えろって言われても腑に落ちないんだよね」
「いやいやいやいや、贔屓にしたい女子を決めろとは言ってないぞ、出席番号5番」
「日本語に戻したんすね」
「石井ちゃんは、黙ってなさい」
「すんません」
「んー、わかった。わかったよ。出席番号5番にもきちんと説明してやろう」
兵頭は数秒間、腕を組んで目を瞑った。そして、目を開いたと同時に早口で話し始めた。
「芽八市には、スティーブンソングも真っ青の伝説があるのだ」
「キング」
横から眼鏡の相沢が低い声で訂正する。
「キングだ。そう。キングも真っ青の伝説だ」
わざとらしい咳ばらいをしながら言い直す。
「まず、そうだな、何から説明しようか……」
理路整然と話すのが苦手らしく、相沢が説明役を引き受けた。
「ざっくり話すと、選ばれた三人には、入学式の際に行われる健康診断で他の生徒たちは異なる結果が見られた。なんというか……ある種の特殊な体質ってことだ。芽八の歴史を紐解くと、その特殊な体質を持つ女子に我々は翻弄される一方で救われた事実がある。以後、様々な経緯を経て、結果的に彼女たちを守ろうとする習慣ができたわけだ」
ここで、エプロン姿のおばちゃんが四人分のたこ焼きをテーブルまで運んできた。三人はここの常連なのか、新参者の僕はもの珍しい目でちらちら見られた気がした。
兵頭は塩味に青のりたっぷり、石井はたこ焼きが見えなくなるほど泥ソースをたっぷり、相沢は何もかけず怖ろしくシンプルに、自分は紅ショウガと青のりと醤油を少しずつかけたものを選んだ。
「どう特別なのか、また様々な経緯というのが気になるところだけど、そのあたりの説明はする予定ってある?」
石井に睨まれることを覚悟したが、すでに2ダース目のたこ焼きを爪楊枝で刺しては口に放り込むことに夢中だった。
相沢は爪楊枝を舟皿の隅に置いた。
「おそらく、鬼月くんは勘違いしているのだろう」
「勘違い?」
「健康診断の内容をさ」
どのように勘違いができるのだろうか。小首を傾げる。
「僕の父は、相沢筆工房を経営している。全国に店舗があって、小学生の時は、よく僕を連れて北は北海道、西は岡山まで連れて行かれた。そのたびに、芽八とはあまりにも異なる常識に驚かされたよ」
「まーた、俺は金持ちですアピールかよっ。ちぇっ」
たこ焼きの舟皿を片手で持って、残った泥ソースを舌で舐めながら面白くなさそうに兵頭が舌打ちした。ふと、金ぴかの建物が脳裏をよぎった。
「もしかして、メバチ商店街を突っ切ったところにある?」
相沢の顔が露骨に明るくなった。
「もう知ってるのか?」
「散歩が趣味だからね。凄いなぁ、お坊ちゃんなんだね?」
「鬼月くんの家には適わないよ」
「え?」
突飛な声が出た。
「まさか、5番も成金か?」
横から兵頭がおどけた声で言う。
「僕の父は成金じゃない」
冗談が通じないのか、相沢がキッと兵頭を睨んだ。
「ソーリー、ソーリー」
兵頭は宙を右手で仰ぎなが言った。相沢はゆっくりとこちらに視線を戻す。
「鬼月くんが来る一週間くらい前に担任が、転校生のくせに医師の息子だって言ってたから」
確かにあの薄気味悪いキツネザビなら言いかねない。それこそ、血迷った発言だ。しかし、そんなことはどうでもいい。ここで特筆すべきなのは、それまでクールを装っていた相沢くんが笑ったことだ。父について語る時は、いつもこんな欲深い表情を見せるのだろうか。
「で、話戻すけど、どんな健康診断なの?」
「遺伝子レベルの診断だよ」
「遺伝子?」
「言葉通りだ」
まだそれほど相沢のことを把握しているわけではなかったが、彼ならばもっとうまく説明できそうなものを、なぜ?そんな疑問がわいた。
二番目にたこ焼きを完食した兵頭がこちらを凝視する。
「で、誰にしたんだ?」
まどろっこしい話が苦手なのか、単刀直入に切り込んできた。
「悪いけど、決めた人をキミたちに伝える義務はやっぱりないように思う」
「それが、あるんだなー出席番号5番よ! 何を隠そう、俺たちがそれを神主に伝えに行かなければならないのだ」
また唐突に妙な単語が飛び出してきた。なぜ中学校のイベントごときに神主が絡んでくるのか。しかし、今は話をずらしたくなかったので質問を控えた。
「じゃあ、僕がその神主とやらに直接伝えに行くよ。それで良い?」
「はっはっは。甘いな、出席番号5番!」
兵頭は勝ち誇ったように鼻で笑った。
隣の席に座っていた高校生グループまでチラリとこちらを見たほど。
「神主は、余所者とは面会しない。裏生徒会長をなめんな、5番!」
一連のやり取りから、兵頭がアドリブ能力に長けていないことは明瞭だ。
「それどころか、神社に辿り着くことすらできないと思うけどね」
石井が馬鹿にしたようにそんな軽口を言ったが、相沢の静かな睨みがそれ以上の発言をとどまらせた。
「これは、余所者の鬼月くんにとって無益な話ではないよ。『身を護る』ことにつながる。ただでさえ、我々オスたちはこの芽八にとって需要がないのだ。余所者のオスなんて言うのは、もってのほかだ」
相沢が眼鏡をはずした。思ったより垂れ目で温和そうな顔だちだが、その言葉には重みがあった。鞄から革のペンケースを取り出し、見るからに上等そうな筆で眼鏡の表と裏を払い始めた。父上の会社の自慢の筆なのだろう。
「どうも、お遊びではなさそうだね。第三者の大人、神主さんまで巻き込むんだから。しかし、平和そうに見えるけどね、この町は」
いつしか、彼らは僕の一挙手一投足をうかがっていた。
僕はこの場から華麗に立ち去るための言葉を頭の中で、あれこれと巡らせる。取り囲む視線を払うようにして、「わかった」と観念したふうに口を開いた。
「素直でよろしい。さぁ、5番、決めた女帝を教えたまえ」
三人の視線が僕に集まる。相手が、うさん臭い裏生徒会とは言え、嘘を突くつもりは最初からなかった。
「リストに載っているかはわからないけど、銀色の髪に銀色の瞳を持つ浴衣を着た少女が今一番気になってる」
一瞬、相沢の視線が鋭くなった。
「な、なにぃ?」
兵頭の素っ頓狂な声が耳に響く。そこそこ整った兵頭の顔はもったいないほど歪み、まるで福笑いのようになった。
「5番、貴様、リストを読んでいないのか? しまいには、2次元にいるような女を口にするだとぉ? ナ、ニ、サ、マ、だ!」
テーブルをドンと叩くと、刹那、店内はしんと静まり返った。
周囲を見渡す兵頭は、周囲に頭を下げながら再びソファにもたれかかる。
「忘れる前に。兵頭くん、ワックス変えて正解だね。とても似合ってるよ。じゃあ」
僕は勢いよく立ち上がった。
「またね」
足元の学校鞄を背負って、一度も振り返らず店を出た。兵頭の荒い鼻息の他に、相沢の警戒するような視線を背中に感じた気がした。
内心、相沢の謎めいた話に興奮していた。
やっぱりこの芽八市には何かある。
この違和感の正体に、いつかたどり着けるのだろうか。
それにしても、残念だったのは銀色の髪に銀色の瞳を持つ少女を兵頭が知らなかったこと。いや、もし少女と面識があれば兵頭も心を奪われるに違いない。そう考えるとヤキモキしてしまう。
「知らなくて良かった、そう、彼らは少女を知らなくて良かったのだ」
噛みしめるように独り言がこぼれた。
白猫を追い駆ける少女の姿がまた、ふわりと思い出された。
我ながら単純だが、気になっていると公言したことで、少女の存在がより心の中を埋め尽くした。もっと知りたいという欲求が自然と高まった。
石井は店内に入るなり、首振り扇風機が一番よくあたる奥の四人席を素早く確保。
「さて、スチューデント・ナンバー・ファイブよ! 女帝は決まったかな?」
まさか、僕のアドバイスを素直に受け入れるとは思わなかっただけに驚いた。何がって?オールバックは変わらなかったが、ワックスが違うのだ。こういった微妙な変化に気づくのは子供の頃から得意だった。俄然、髪のシルエットが良くなっていた。
「心、ここにあらずのようだが、大丈夫か、スチューデント・ナンバー・ファイブ!」
「兵頭さんが作ったリストにはちゃんと目を通したか?」
右側に座っていた小太りの石井が、メガサイズのウーロン茶を飲みながらドスのきいた声で訊いてきた。本当に中学生なのかと疑ってしまう。
「決めたよ。でも」
「でも?」
すかさず兵頭が詰めてくる。
「でも、公表するつもりはない」
喧嘩腰で言ったわけではなかったが、石井はイスを勢いよく引いて立ち上がった。
「おまえ、転校生の分際で兵頭さんに向かって」
「おいおい、店で暴れんな」
兵頭にも一丁前の常識はあるらしく、石井がすべて言い終わらないうちに歯止めをかけた。
「理由を聞こうじゃないか、スチューデント・ナンバー・ファイブ!」
兵頭の右手に座る相沢もこちらを一瞥した。
「納得がいかないんだよね」
意外にも相沢の睨みに一番、迫力があった。
「みんなは誰を支持しているの? それは、教えてもらえるのかな?」
「な、生意気だぞ!」
兵頭の顔が赤くなった。
ワックスの助言を素直に聞き入れたことと言い、見た目によらず純情なのかもしれない。
「じゃあ、互いに誰を支持しているのかは知らないもんなの?」
兵頭ではうまく対処できないと思ったのか、横から相沢が持ち前の低い声で答えた。
「毎年、支持する女帝は変わる」
相沢のフォローは、アドリブなのか真実なのか判断が難しいところだった。
「なるほど。取り敢えず信じておくよ」
何を言っても相沢の表情は動かなかった。
「それから、女帝を決める主旨を説明されていない。なのに、リストだけ手渡されて贔屓にしたい女子を決めて教えろって言われても腑に落ちないんだよね」
「いやいやいやいや、贔屓にしたい女子を決めろとは言ってないぞ、出席番号5番」
「日本語に戻したんすね」
「石井ちゃんは、黙ってなさい」
「すんません」
「んー、わかった。わかったよ。出席番号5番にもきちんと説明してやろう」
兵頭は数秒間、腕を組んで目を瞑った。そして、目を開いたと同時に早口で話し始めた。
「芽八市には、スティーブンソングも真っ青の伝説があるのだ」
「キング」
横から眼鏡の相沢が低い声で訂正する。
「キングだ。そう。キングも真っ青の伝説だ」
わざとらしい咳ばらいをしながら言い直す。
「まず、そうだな、何から説明しようか……」
理路整然と話すのが苦手らしく、相沢が説明役を引き受けた。
「ざっくり話すと、選ばれた三人には、入学式の際に行われる健康診断で他の生徒たちは異なる結果が見られた。なんというか……ある種の特殊な体質ってことだ。芽八の歴史を紐解くと、その特殊な体質を持つ女子に我々は翻弄される一方で救われた事実がある。以後、様々な経緯を経て、結果的に彼女たちを守ろうとする習慣ができたわけだ」
ここで、エプロン姿のおばちゃんが四人分のたこ焼きをテーブルまで運んできた。三人はここの常連なのか、新参者の僕はもの珍しい目でちらちら見られた気がした。
兵頭は塩味に青のりたっぷり、石井はたこ焼きが見えなくなるほど泥ソースをたっぷり、相沢は何もかけず怖ろしくシンプルに、自分は紅ショウガと青のりと醤油を少しずつかけたものを選んだ。
「どう特別なのか、また様々な経緯というのが気になるところだけど、そのあたりの説明はする予定ってある?」
石井に睨まれることを覚悟したが、すでに2ダース目のたこ焼きを爪楊枝で刺しては口に放り込むことに夢中だった。
相沢は爪楊枝を舟皿の隅に置いた。
「おそらく、鬼月くんは勘違いしているのだろう」
「勘違い?」
「健康診断の内容をさ」
どのように勘違いができるのだろうか。小首を傾げる。
「僕の父は、相沢筆工房を経営している。全国に店舗があって、小学生の時は、よく僕を連れて北は北海道、西は岡山まで連れて行かれた。そのたびに、芽八とはあまりにも異なる常識に驚かされたよ」
「まーた、俺は金持ちですアピールかよっ。ちぇっ」
たこ焼きの舟皿を片手で持って、残った泥ソースを舌で舐めながら面白くなさそうに兵頭が舌打ちした。ふと、金ぴかの建物が脳裏をよぎった。
「もしかして、メバチ商店街を突っ切ったところにある?」
相沢の顔が露骨に明るくなった。
「もう知ってるのか?」
「散歩が趣味だからね。凄いなぁ、お坊ちゃんなんだね?」
「鬼月くんの家には適わないよ」
「え?」
突飛な声が出た。
「まさか、5番も成金か?」
横から兵頭がおどけた声で言う。
「僕の父は成金じゃない」
冗談が通じないのか、相沢がキッと兵頭を睨んだ。
「ソーリー、ソーリー」
兵頭は宙を右手で仰ぎなが言った。相沢はゆっくりとこちらに視線を戻す。
「鬼月くんが来る一週間くらい前に担任が、転校生のくせに医師の息子だって言ってたから」
確かにあの薄気味悪いキツネザビなら言いかねない。それこそ、血迷った発言だ。しかし、そんなことはどうでもいい。ここで特筆すべきなのは、それまでクールを装っていた相沢くんが笑ったことだ。父について語る時は、いつもこんな欲深い表情を見せるのだろうか。
「で、話戻すけど、どんな健康診断なの?」
「遺伝子レベルの診断だよ」
「遺伝子?」
「言葉通りだ」
まだそれほど相沢のことを把握しているわけではなかったが、彼ならばもっとうまく説明できそうなものを、なぜ?そんな疑問がわいた。
二番目にたこ焼きを完食した兵頭がこちらを凝視する。
「で、誰にしたんだ?」
まどろっこしい話が苦手なのか、単刀直入に切り込んできた。
「悪いけど、決めた人をキミたちに伝える義務はやっぱりないように思う」
「それが、あるんだなー出席番号5番よ! 何を隠そう、俺たちがそれを神主に伝えに行かなければならないのだ」
また唐突に妙な単語が飛び出してきた。なぜ中学校のイベントごときに神主が絡んでくるのか。しかし、今は話をずらしたくなかったので質問を控えた。
「じゃあ、僕がその神主とやらに直接伝えに行くよ。それで良い?」
「はっはっは。甘いな、出席番号5番!」
兵頭は勝ち誇ったように鼻で笑った。
隣の席に座っていた高校生グループまでチラリとこちらを見たほど。
「神主は、余所者とは面会しない。裏生徒会長をなめんな、5番!」
一連のやり取りから、兵頭がアドリブ能力に長けていないことは明瞭だ。
「それどころか、神社に辿り着くことすらできないと思うけどね」
石井が馬鹿にしたようにそんな軽口を言ったが、相沢の静かな睨みがそれ以上の発言をとどまらせた。
「これは、余所者の鬼月くんにとって無益な話ではないよ。『身を護る』ことにつながる。ただでさえ、我々オスたちはこの芽八にとって需要がないのだ。余所者のオスなんて言うのは、もってのほかだ」
相沢が眼鏡をはずした。思ったより垂れ目で温和そうな顔だちだが、その言葉には重みがあった。鞄から革のペンケースを取り出し、見るからに上等そうな筆で眼鏡の表と裏を払い始めた。父上の会社の自慢の筆なのだろう。
「どうも、お遊びではなさそうだね。第三者の大人、神主さんまで巻き込むんだから。しかし、平和そうに見えるけどね、この町は」
いつしか、彼らは僕の一挙手一投足をうかがっていた。
僕はこの場から華麗に立ち去るための言葉を頭の中で、あれこれと巡らせる。取り囲む視線を払うようにして、「わかった」と観念したふうに口を開いた。
「素直でよろしい。さぁ、5番、決めた女帝を教えたまえ」
三人の視線が僕に集まる。相手が、うさん臭い裏生徒会とは言え、嘘を突くつもりは最初からなかった。
「リストに載っているかはわからないけど、銀色の髪に銀色の瞳を持つ浴衣を着た少女が今一番気になってる」
一瞬、相沢の視線が鋭くなった。
「な、なにぃ?」
兵頭の素っ頓狂な声が耳に響く。そこそこ整った兵頭の顔はもったいないほど歪み、まるで福笑いのようになった。
「5番、貴様、リストを読んでいないのか? しまいには、2次元にいるような女を口にするだとぉ? ナ、ニ、サ、マ、だ!」
テーブルをドンと叩くと、刹那、店内はしんと静まり返った。
周囲を見渡す兵頭は、周囲に頭を下げながら再びソファにもたれかかる。
「忘れる前に。兵頭くん、ワックス変えて正解だね。とても似合ってるよ。じゃあ」
僕は勢いよく立ち上がった。
「またね」
足元の学校鞄を背負って、一度も振り返らず店を出た。兵頭の荒い鼻息の他に、相沢の警戒するような視線を背中に感じた気がした。
内心、相沢の謎めいた話に興奮していた。
やっぱりこの芽八市には何かある。
この違和感の正体に、いつかたどり着けるのだろうか。
それにしても、残念だったのは銀色の髪に銀色の瞳を持つ少女を兵頭が知らなかったこと。いや、もし少女と面識があれば兵頭も心を奪われるに違いない。そう考えるとヤキモキしてしまう。
「知らなくて良かった、そう、彼らは少女を知らなくて良かったのだ」
噛みしめるように独り言がこぼれた。
白猫を追い駆ける少女の姿がまた、ふわりと思い出された。
我ながら単純だが、気になっていると公言したことで、少女の存在がより心の中を埋め尽くした。もっと知りたいという欲求が自然と高まった。