2、裏生徒会ってなんぞや
文字数 3,606文字
四限の終わるチャイムとともに、ひとりの男子が声をかけてきた。
眉はやけに細く手入れしており、目は反抗的な三白眼。ワックスで固められたオールバックに長めの襟足は特徴的だが、身長は百六十七くらいだろうか、僕といい勝負だ。真正面よりも横顔の方が写真映えしそうだ。鼻が高く顎が少し出ているせいかもしれない。白のスニーカーのサイドには赤と緑のラインがあり、ハイブランドの配色を真似たデザインだった。腰にはサイズのあっていない白いベルトとシルバーのウォレットチェーンをだらりと垂らしている。きわめつけに、シャツのボタンはすべて留めず、見るからにだらしない。
「出席番号5番。俺の名は兵頭新之助だ。よく覚とけー」
出席番号で呼ばれたのは生まれて初めてだった。声は高めで、随分と早口な喋り方。
「相沢、石井ちゃん、屋上、行くぞ」
彼の後ろに控えていた二人の男子生徒も座席から腰を上げた。
一人は相沢真澄。高身長で痩せ型。山なりの眉毛も瞳もハッキリとした地黒の眼鏡くん。髪型は坊ちゃんヘアー。連む相手を間違っているような気がするが、人は見た目だけではわからない。
もう一人は、肥満体型の石井悠善。立派な名前だが、どうやら愛称は石井ちゃんのようだ。図体はでかいが、小者感が半端ない。髪は兵頭を真似ているようだが、猫っ毛だからかワックスに負けていた。右の眉は吊り上がっていて、左の眉はまっすぐに伸びている。目は鋭く唇と鼻は小ぶりだが肌は女みたいに白い。
「おい、聞こえてんのか?」
石井がポケットに手を突っ込んだまま顎で廊下を指した。
周りをざっと見渡す。何人かの女子のチラチラという視線を感じるが、どれもさして興味なさそうだった。予想通り、といったところか。因みに隣のほたるは完全無視だった。
やや嫌な予感はするが、転校初日は従うほかない。
『ここから立入禁止』の張り紙を横目に屋上へと出た。
雨はすっかり上がっていた。四階建ての芽八中学校から見下ろす景色は、なかなか壮観だった。方向音痴ゆえに、自分の家がどちらの方向にあるのかわからないが、少し離れた場所で二両列車が走っていた。民家と民家の狭い線路を抜けてゆく。寺院や公園が多く、思った以上に緑が目立つ。そんな景色から浮き出るように一際目立つのは黒い塔のような建造物だ。横手には、今いる屋上の棟とは別に渡り廊下で繋がった棟がもう一つあった。そちらの棟の方がやや屋上の高さが高いようだ。
フェンスに背を向けて座ろうとすると、兵頭に制された。兵頭を中央にして両側に二人が先に座った。
「余所者は、座れないぞ」
横から小太りの石井が忠告する。
「出席番号5番、よく聞け。芽八中では裏生徒会が存在する。あ、言っておくけどな、裏だからと言って非公式ではないぞ? 暗黙の了解で成り立つ組織だ。教師とも通ずる」
「つまり、兵頭さんが裏生徒会長ということだ」
同い年にも関わらず、下僕らしく小太りの石井が兵頭を仰々しく『さん』づけで呼ぶ。
「それでだ」
兵頭は、制服の半袖シャツを脱ぐと右肩に演技っぽく掛けて見せた。
「余所者が来た時は、必ず次のことを義務づけている。良いか、自分が毎年どの『女帝』につくか決めのだ。そして、すぐさま裏生徒会に報告すること」
ただでさえ早口で聞き取りづらいと言うのに、思いもよらぬルールを告げられて思考が追いつかない。
裏生徒会?女帝?
彼が決めた勝手なゲームだと思いたいが、『教師とも通ずる』、その一言には無視できないものがあった。脚を組みながら真顔で告げる兵頭から遊戯だとも判断つきにくい。すぐに質問したい気持ちはあったが、話はこの先も続く雰囲気だったのでタイミングを見計らうことにした。
「今のところ、我が芽八中学には三人の女帝が存在する。一人は、生徒会長の黄賀エリカ。二人目は、出席番号5番、おまえの右隣に座っている右京ほたる。三人目は神出鬼没だが工藤乃瑛琉。とは言え、この場で決めろと言っても、転入初日の出席番号5番には酷だと思う。そこで、俺が直々にリストを作ってきてやった」
裏生徒会長の言葉に石井が「おおお」とわざとらしい歓声をあげる。
「これを熟読し、一週間後までに決めること。話は以上だ」
渡されたB5サイズの女帝リストも、色鉛筆や太さ様々のマーカーペンで綺麗に縁取りや装飾をされた手作りだった。表紙も、芽八中学校の正面写真がご丁寧にモノクロで印刷されている。ページをめくると目次があり、三人の写真とプロフィールが載っていた。写真の下には『無断転載禁止』とまで赤い太字で書かれている。マメな作業が兵藤の第一印象とはギャップがあり、思わず噴き出してしまった。
「出席番号5番、何がおかしい!」
兵頭は僕を荒々しく指さした。
「ごめんごめん。悪気はないよ。素直に愛情がこもったリストだなと思ってね。生徒会、いや、裏生徒会長自ら転入してきた余所者の僕に作ってくれたなんて、感激だよ。ありがとう。正直、奇抜なシステムに理解が追いついていないのだけど、期限までには決めておくよ。あ、そうそう、このプロフィールはワードソフトで作ったんだと思うけど、同じ文字の大きさ・同じ見栄えにしたい時は、『スタイルの保存』をして適用すると楽だし正確だよ」
褒められることに慣れていないのか、こちらの言い分が珍しかったのか三人はキョトンとしていた。
「ところで、二点、伝えたいことがあるんだけど、良いかな?」
三人は揃って目を白黒とさせた。
「相沢くんと石井くんを見て思ったのだけど、キャラ付けとしては新しいよね。相沢くんは、眼鏡をかけているのに健康的な小麦肌をしているし、石井くんより小柄でもいい気がするけど背が高い。石井くんは、色白でなんとも肌艶が良い。今日もそこそこ汗ばむ陽気だけど、相沢くんの方が額から汗が出てるのも面白い。あと、兵頭くん。キミは黒く染めているのかな? 地毛は茶色なんじゃない? 部活とかに怖い先輩でもいるのかな? 自然の色の方が顔に馴染むと思うよ。この学校の規則はどこまで許されるのかわからないけど。あと、兵頭くんと石井くんのワックス。あまり髪質にあっていないように思う。今の時代は、ネットで調べると比較サイトがたくさん出てくるから同じ髪質の人が高評価をつけているものを参考にしてみると良いよ。そういったサイトに登録しただけで試供品がもらえる場合もあるし、ドラッグストアのクーポンもあるから便利だよ」
思ったことを口に出してしまわないと気が済まない性分だった。できるだけ失礼のないよう心掛けたが、口を半開きにして硬直している三人はどう受け止めただろうか。
「それと、昼休みがそろそろ終わっちゃうんだけど、ご飯抜きって苦手なんだ。だから、座って食べていい?」
「あ、はい、どうぞ……いや、5番、食べるがいい」
「ありがとう」
すぐさま弁当箱を広げる。引っ越し前に駆け込みで漬けた梅干しのおにぎりと、ナスやパプリカの挽肉炒めを黙々と咀嚼する。
「まさか、会長が作ったお弁当か?」
突然、兵頭が妙なことを訊いてきた。
「会長って、黄賀さんのこと? これは、自分で作ったんだよ」
三人は顔を見合わせながら僕の言葉の真偽を確かめている様子だった。
「男が弁当作りって変に思うかもしれないけど、前の学校では料理部だったんだ。女子でもバリバリ工具を使うし、男子でも運動部のマネージャーになるやつもいた」
「そんなファンタジーみたいな学校があるのか?」
兵頭の関心を鷲掴みにできたらしい。僕を見上げるようにして顔を近づけてくる。
「珍しい? 男がマニキュアしたり、女がガテン系で仕事したり、今の時代、結構普通だと思うけど。それより、生徒会長って、皆にお弁当を振る舞うの? それって、やっぱり女帝の人気を維持するため?」
「人気投票はない」
「じゃあ、何の為に?」
「女帝に生かされているわけで、感謝の気持ちだ。なんつってもこの町は半数以上の……」
「兵頭!」
それまで一言も口にしなかった眼鏡の相沢が、初めて声を上げた。中学生とは思えない低音のダンディーボイスだが、苛立ちの混じった声音だった。首を左右に振りながら兵頭を凝視する目つきが鋭い。
「あ、な、な、何でもないぞ。五番。とにかく、人気投票なんてものは存在しない!」
嘘をつけないタイプの兵頭よりも、考えの読めない相沢の方が注意すべきかもしれない。
歯に挟まった米粒を舌で払いながら、兵頭が失言したと思われる言葉を述懐した。
---女帝に生かされているわけで、感謝の気持ちだ
裏生徒会について、他のクラスメイトたちはどう思っているのだろうか。
どこかで訊いてみようと思った。
眉はやけに細く手入れしており、目は反抗的な三白眼。ワックスで固められたオールバックに長めの襟足は特徴的だが、身長は百六十七くらいだろうか、僕といい勝負だ。真正面よりも横顔の方が写真映えしそうだ。鼻が高く顎が少し出ているせいかもしれない。白のスニーカーのサイドには赤と緑のラインがあり、ハイブランドの配色を真似たデザインだった。腰にはサイズのあっていない白いベルトとシルバーのウォレットチェーンをだらりと垂らしている。きわめつけに、シャツのボタンはすべて留めず、見るからにだらしない。
「出席番号5番。俺の名は兵頭新之助だ。よく覚とけー」
出席番号で呼ばれたのは生まれて初めてだった。声は高めで、随分と早口な喋り方。
「相沢、石井ちゃん、屋上、行くぞ」
彼の後ろに控えていた二人の男子生徒も座席から腰を上げた。
一人は相沢真澄。高身長で痩せ型。山なりの眉毛も瞳もハッキリとした地黒の眼鏡くん。髪型は坊ちゃんヘアー。連む相手を間違っているような気がするが、人は見た目だけではわからない。
もう一人は、肥満体型の石井悠善。立派な名前だが、どうやら愛称は石井ちゃんのようだ。図体はでかいが、小者感が半端ない。髪は兵頭を真似ているようだが、猫っ毛だからかワックスに負けていた。右の眉は吊り上がっていて、左の眉はまっすぐに伸びている。目は鋭く唇と鼻は小ぶりだが肌は女みたいに白い。
「おい、聞こえてんのか?」
石井がポケットに手を突っ込んだまま顎で廊下を指した。
周りをざっと見渡す。何人かの女子のチラチラという視線を感じるが、どれもさして興味なさそうだった。予想通り、といったところか。因みに隣のほたるは完全無視だった。
やや嫌な予感はするが、転校初日は従うほかない。
『ここから立入禁止』の張り紙を横目に屋上へと出た。
雨はすっかり上がっていた。四階建ての芽八中学校から見下ろす景色は、なかなか壮観だった。方向音痴ゆえに、自分の家がどちらの方向にあるのかわからないが、少し離れた場所で二両列車が走っていた。民家と民家の狭い線路を抜けてゆく。寺院や公園が多く、思った以上に緑が目立つ。そんな景色から浮き出るように一際目立つのは黒い塔のような建造物だ。横手には、今いる屋上の棟とは別に渡り廊下で繋がった棟がもう一つあった。そちらの棟の方がやや屋上の高さが高いようだ。
フェンスに背を向けて座ろうとすると、兵頭に制された。兵頭を中央にして両側に二人が先に座った。
「余所者は、座れないぞ」
横から小太りの石井が忠告する。
「出席番号5番、よく聞け。芽八中では裏生徒会が存在する。あ、言っておくけどな、裏だからと言って非公式ではないぞ? 暗黙の了解で成り立つ組織だ。教師とも通ずる」
「つまり、兵頭さんが裏生徒会長ということだ」
同い年にも関わらず、下僕らしく小太りの石井が兵頭を仰々しく『さん』づけで呼ぶ。
「それでだ」
兵頭は、制服の半袖シャツを脱ぐと右肩に演技っぽく掛けて見せた。
「余所者が来た時は、必ず次のことを義務づけている。良いか、自分が毎年どの『女帝』につくか決めのだ。そして、すぐさま裏生徒会に報告すること」
ただでさえ早口で聞き取りづらいと言うのに、思いもよらぬルールを告げられて思考が追いつかない。
裏生徒会?女帝?
彼が決めた勝手なゲームだと思いたいが、『教師とも通ずる』、その一言には無視できないものがあった。脚を組みながら真顔で告げる兵頭から遊戯だとも判断つきにくい。すぐに質問したい気持ちはあったが、話はこの先も続く雰囲気だったのでタイミングを見計らうことにした。
「今のところ、我が芽八中学には三人の女帝が存在する。一人は、生徒会長の黄賀エリカ。二人目は、出席番号5番、おまえの右隣に座っている右京ほたる。三人目は神出鬼没だが工藤乃瑛琉。とは言え、この場で決めろと言っても、転入初日の出席番号5番には酷だと思う。そこで、俺が直々にリストを作ってきてやった」
裏生徒会長の言葉に石井が「おおお」とわざとらしい歓声をあげる。
「これを熟読し、一週間後までに決めること。話は以上だ」
渡されたB5サイズの女帝リストも、色鉛筆や太さ様々のマーカーペンで綺麗に縁取りや装飾をされた手作りだった。表紙も、芽八中学校の正面写真がご丁寧にモノクロで印刷されている。ページをめくると目次があり、三人の写真とプロフィールが載っていた。写真の下には『無断転載禁止』とまで赤い太字で書かれている。マメな作業が兵藤の第一印象とはギャップがあり、思わず噴き出してしまった。
「出席番号5番、何がおかしい!」
兵頭は僕を荒々しく指さした。
「ごめんごめん。悪気はないよ。素直に愛情がこもったリストだなと思ってね。生徒会、いや、裏生徒会長自ら転入してきた余所者の僕に作ってくれたなんて、感激だよ。ありがとう。正直、奇抜なシステムに理解が追いついていないのだけど、期限までには決めておくよ。あ、そうそう、このプロフィールはワードソフトで作ったんだと思うけど、同じ文字の大きさ・同じ見栄えにしたい時は、『スタイルの保存』をして適用すると楽だし正確だよ」
褒められることに慣れていないのか、こちらの言い分が珍しかったのか三人はキョトンとしていた。
「ところで、二点、伝えたいことがあるんだけど、良いかな?」
三人は揃って目を白黒とさせた。
「相沢くんと石井くんを見て思ったのだけど、キャラ付けとしては新しいよね。相沢くんは、眼鏡をかけているのに健康的な小麦肌をしているし、石井くんより小柄でもいい気がするけど背が高い。石井くんは、色白でなんとも肌艶が良い。今日もそこそこ汗ばむ陽気だけど、相沢くんの方が額から汗が出てるのも面白い。あと、兵頭くん。キミは黒く染めているのかな? 地毛は茶色なんじゃない? 部活とかに怖い先輩でもいるのかな? 自然の色の方が顔に馴染むと思うよ。この学校の規則はどこまで許されるのかわからないけど。あと、兵頭くんと石井くんのワックス。あまり髪質にあっていないように思う。今の時代は、ネットで調べると比較サイトがたくさん出てくるから同じ髪質の人が高評価をつけているものを参考にしてみると良いよ。そういったサイトに登録しただけで試供品がもらえる場合もあるし、ドラッグストアのクーポンもあるから便利だよ」
思ったことを口に出してしまわないと気が済まない性分だった。できるだけ失礼のないよう心掛けたが、口を半開きにして硬直している三人はどう受け止めただろうか。
「それと、昼休みがそろそろ終わっちゃうんだけど、ご飯抜きって苦手なんだ。だから、座って食べていい?」
「あ、はい、どうぞ……いや、5番、食べるがいい」
「ありがとう」
すぐさま弁当箱を広げる。引っ越し前に駆け込みで漬けた梅干しのおにぎりと、ナスやパプリカの挽肉炒めを黙々と咀嚼する。
「まさか、会長が作ったお弁当か?」
突然、兵頭が妙なことを訊いてきた。
「会長って、黄賀さんのこと? これは、自分で作ったんだよ」
三人は顔を見合わせながら僕の言葉の真偽を確かめている様子だった。
「男が弁当作りって変に思うかもしれないけど、前の学校では料理部だったんだ。女子でもバリバリ工具を使うし、男子でも運動部のマネージャーになるやつもいた」
「そんなファンタジーみたいな学校があるのか?」
兵頭の関心を鷲掴みにできたらしい。僕を見上げるようにして顔を近づけてくる。
「珍しい? 男がマニキュアしたり、女がガテン系で仕事したり、今の時代、結構普通だと思うけど。それより、生徒会長って、皆にお弁当を振る舞うの? それって、やっぱり女帝の人気を維持するため?」
「人気投票はない」
「じゃあ、何の為に?」
「女帝に生かされているわけで、感謝の気持ちだ。なんつってもこの町は半数以上の……」
「兵頭!」
それまで一言も口にしなかった眼鏡の相沢が、初めて声を上げた。中学生とは思えない低音のダンディーボイスだが、苛立ちの混じった声音だった。首を左右に振りながら兵頭を凝視する目つきが鋭い。
「あ、な、な、何でもないぞ。五番。とにかく、人気投票なんてものは存在しない!」
嘘をつけないタイプの兵頭よりも、考えの読めない相沢の方が注意すべきかもしれない。
歯に挟まった米粒を舌で払いながら、兵頭が失言したと思われる言葉を述懐した。
---女帝に生かされているわけで、感謝の気持ちだ
裏生徒会について、他のクラスメイトたちはどう思っているのだろうか。
どこかで訊いてみようと思った。