14、尾行
文字数 1,602文字
芽八に来てからは、家にひとりで居たいとはあまり思わなくなった。まだ歩きなれてない道を探して散策することにした。
裏通りには、歯医者や床屋、写真館に喫茶店と細々と地域密着型の商店が並んでいる。この町は本当にチェーン店が少ない。それについては好感が持てるのだが。
しばらく歩いていると、自転車で入口付近が塞がっているスーパーを見つけた。涼しい店内には、ひと通りのものが揃っていたが、特に冒険せず、無難にしかしお手頃な二割引きのパンと牛乳だけ手にして会計を済ませた。
もらったレジ袋にそれらを詰めながら、ふと窓の外を見ると、タイミングよく右京ほたるが横切った。相変わらず透明感のある肌に、涼しい目元、背筋もすっとのびていて美しい立ち姿。
反射的にスーパーを出て、頭を大きく上下させず颯爽と歩く彼女の後を追いかけた。
ふと、彼女は反対側の道路から渡ってくる者に呼びかけられ立ち止まる。その女性もまた右京ほたると同様、背が高く色白で落ち着いた印象だ。おそらく彼女の母親だろう。顔もそっくりだった。
結局、挨拶をするだけの予定が尾行をする羽目になった。母娘との距離を縮めて歩いていると、やがて妙な会話が耳に入ってきた。
「これから、練習しに行くんでしょう?」
「もう一週間もないからね」
「死ぬ気でやりなさい。今年は、チャンスかもしれないんだから」
「チャンスって、お母さん本気で言ってる?」
「当たり前じゃない。原因は不明だけど、衰弱しているのは事実なのよ。世代交代だわ」
母親が不敵な笑みを浮かべるも、ほたるは俯いて歩いていた。
「お母さんの方は、どうなの?」
「さっき、会ってきたわ。初めは度肝を抜かれた気分だったけど、進化を遂げようとしているのね」
「一途って言葉がぴったりだよね、お母さんには」
「そう?」
別の言語を耳にしているのかと思うほどちんぷんかんだったが、一途だと言われてほたるの母親は顔を赤らめた。父親とは一緒に住んでいないのだろうか。はたまた別の男か。さすがにその辺りは自身の関心対象からは外れるが、母親もまた巫女だったことを思い出す。
そうこうしているうちに、またも彼女の自宅前までついてきてしまった。ここまで来たら仕方ない。誰かクラスメイトが見ているとも限らないが、自分の行為
はけっして怪しいものではないと心の中で言い聞かせる。
二人は家の中に入ったが、僕は隣の家の駐車場でひっそりと待機することにした。母親から死ぬ気でやりなさいと命じられた彼女の『練習』が気になった。
五分もしないうちにほたるは姿を見せた。
家の前の十字路を斜めに渡った、と思いきや、そこから戻るようにして正面の歩道を渡り、さらにはそこから斜めに渡り、最終的には僕が身を隠す場所まで引き返すという奇妙な動き。そう、彼女は十字路を8の字で渡ったのち自宅前まで戻ってきた。
次の瞬間。
耳元でぶんぶん蜂の羽音が聞こえてきた。
とっさに足元を見張るがどこにも蜂はいない。
どこだ、どこだ。
頭上や背後も注意深く見る。蜂の羽音はまだ聞こえる。先日「アナフィラキーショック」で入院した僕にとってこれは死活問題だった。
周囲を警戒しながら駐車場を出ると、すぐに蜂の気配はなくなった。ほっと胸を撫でおろす。
しかし、いなくなったのは蜂だけでない。ほたるまでもが視界から消えてなくなっていた。
ここの十字路には何かある。
道路を渡ったところに、シャッターの下りたタバコ屋があった。とっさに携帯をとりだす。なぜか、液晶に表示された時刻は『88:88』になっていた。
以前も同じエラーがこの場で起きた。単なる偶然とは思えない。時刻の表示を見ながら唸ってしまった。
ふいに携帯から顔を上げると、信じ難いことに周囲の景色は様変わりしていた。
裏通りには、歯医者や床屋、写真館に喫茶店と細々と地域密着型の商店が並んでいる。この町は本当にチェーン店が少ない。それについては好感が持てるのだが。
しばらく歩いていると、自転車で入口付近が塞がっているスーパーを見つけた。涼しい店内には、ひと通りのものが揃っていたが、特に冒険せず、無難にしかしお手頃な二割引きのパンと牛乳だけ手にして会計を済ませた。
もらったレジ袋にそれらを詰めながら、ふと窓の外を見ると、タイミングよく右京ほたるが横切った。相変わらず透明感のある肌に、涼しい目元、背筋もすっとのびていて美しい立ち姿。
反射的にスーパーを出て、頭を大きく上下させず颯爽と歩く彼女の後を追いかけた。
ふと、彼女は反対側の道路から渡ってくる者に呼びかけられ立ち止まる。その女性もまた右京ほたると同様、背が高く色白で落ち着いた印象だ。おそらく彼女の母親だろう。顔もそっくりだった。
結局、挨拶をするだけの予定が尾行をする羽目になった。母娘との距離を縮めて歩いていると、やがて妙な会話が耳に入ってきた。
「これから、練習しに行くんでしょう?」
「もう一週間もないからね」
「死ぬ気でやりなさい。今年は、チャンスかもしれないんだから」
「チャンスって、お母さん本気で言ってる?」
「当たり前じゃない。原因は不明だけど、衰弱しているのは事実なのよ。世代交代だわ」
母親が不敵な笑みを浮かべるも、ほたるは俯いて歩いていた。
「お母さんの方は、どうなの?」
「さっき、会ってきたわ。初めは度肝を抜かれた気分だったけど、進化を遂げようとしているのね」
「一途って言葉がぴったりだよね、お母さんには」
「そう?」
別の言語を耳にしているのかと思うほどちんぷんかんだったが、一途だと言われてほたるの母親は顔を赤らめた。父親とは一緒に住んでいないのだろうか。はたまた別の男か。さすがにその辺りは自身の関心対象からは外れるが、母親もまた巫女だったことを思い出す。
そうこうしているうちに、またも彼女の自宅前までついてきてしまった。ここまで来たら仕方ない。誰かクラスメイトが見ているとも限らないが、自分の行為
はけっして怪しいものではないと心の中で言い聞かせる。
二人は家の中に入ったが、僕は隣の家の駐車場でひっそりと待機することにした。母親から死ぬ気でやりなさいと命じられた彼女の『練習』が気になった。
五分もしないうちにほたるは姿を見せた。
家の前の十字路を斜めに渡った、と思いきや、そこから戻るようにして正面の歩道を渡り、さらにはそこから斜めに渡り、最終的には僕が身を隠す場所まで引き返すという奇妙な動き。そう、彼女は十字路を8の字で渡ったのち自宅前まで戻ってきた。
次の瞬間。
耳元でぶんぶん蜂の羽音が聞こえてきた。
とっさに足元を見張るがどこにも蜂はいない。
どこだ、どこだ。
頭上や背後も注意深く見る。蜂の羽音はまだ聞こえる。先日「アナフィラキーショック」で入院した僕にとってこれは死活問題だった。
周囲を警戒しながら駐車場を出ると、すぐに蜂の気配はなくなった。ほっと胸を撫でおろす。
しかし、いなくなったのは蜂だけでない。ほたるまでもが視界から消えてなくなっていた。
ここの十字路には何かある。
道路を渡ったところに、シャッターの下りたタバコ屋があった。とっさに携帯をとりだす。なぜか、液晶に表示された時刻は『88:88』になっていた。
以前も同じエラーがこの場で起きた。単なる偶然とは思えない。時刻の表示を見ながら唸ってしまった。
ふいに携帯から顔を上げると、信じ難いことに周囲の景色は様変わりしていた。