8、生徒会室で軟禁?!
文字数 3,651文字
「少年!」
下校時、背後から段ボール箱を運ぶ黄賀エリカに凛とした声で呼び止められた。
近くにふたり男子生徒はいたが、彼女の漲る視線は間違いなく僕をとらえていた。
「運ぶのを手伝え」
返事をする前に、段ボール箱を胸元に押し付けられた。思ったほど重くはなかったので油断したが、その上にもうひとつ積まれた段ボール箱で腕が折れそうになった。
気の強い女は珍しくなかったが、転校生にこき使うような気の強い女は初めてだった。
誰もいない生徒会室は、三年生の教室が並ぶ二階にあった。部屋は縦長で、長机が縦にふたつ、両側に椅子が四台ずつ置かれている。
左手のラックには、学祭、体育祭、レクリエーション、意見箱、合唱、など行事名が書かれた段ボールが収納されている一方、右側の書棚には生徒会長の趣味と思われる本が並んでいた。
なぜ、生徒会長の本だとわかったか?どの本の背表紙にも、『エリカ専用』と仰々しく赤いシールが貼られているのだ。
「ここに置くよ」
そう断ってから長机に段ボールを置いた瞬間、真うしろから鋭い声が飛んできた。
「少年! 見ただろ?」
「……なにを?」
「ちょうど二週間前。顔を、見ただろって」
脅迫めいたその口調から冗談でないことはわかった。
恐る恐る振り返る。
真っ先に目にとまる彼女の背中まで伸びた明るい髪は、寝癖なのかそういうスタイリングなのか、ところどころハネていた。
卵型の輪郭に、吊り上がった典型的な猫目、筋の通った鼻にチラチラ垣間見える八重歯。改めて見ると整った顔立ちをしていた。
誰か彼女にアドバイスできる者はいないのか?
威圧的な態度と男勝りな口調が、華やかな相貌をオジャンにさせていることを指摘すべきだ。
つい、彼女を見て心の中で冷静に分析してしまった。
「悪いけど、話が見えないよ。誰のこと? 黄賀さんの顔なら確かにいま見てるけど……」
両目を閉じた黄賀エリカは、深いため息をもらした。そして、おもむろにまた両目を開くと足早に生徒会室のドアまで移動し、内側から鍵をかけた。
長机に座り、右足を上にして足を組む。この時、生徒会長の制服だけ他の女子生徒たちと違うことに気づけた。
多くは白の半袖ブラウスに赤いネクタイ、黒のプリーツスカートという組み合わせが夏の制服スタイルだが、黄賀エリカのネクタイは型にはまらず金色だった。細い手首には、ボランティア活動の証である色とりどりのシリコンバンドがいくつも重なって揺れている。
「何を考えている、少年!」
「あ、ごめん。制服のこと考えてて」
うっかり、馬鹿正直に答えてしまったが、制服の話はそれ以上広がらなかった。
「で、僕が何をしでかしたと?」
「猫を追い駆けていた姫様のことだ」
猫を追い駆けていたですぐにピンときた。肩までつくかつかないかの髪に、色白で銀色の瞳をした華奢な浴衣姿の少女。自分を見た瞬間、両目を見開いて「しまった!」と言わんばかりのリアクションだったことも覚えている。
しかし、彼女から言及されるならまだしも、なぜ生徒会長のエリカから指摘されなければならないのか。だいたい、この時代に姫様と呼ばれている彼女は何者なのか。
「こっちを見た瞬間、猫を抱えて逃げるように立ち去ったから一言も交わしてないし、顔もあまり覚えていないよ」
「あまりじゃ困るんだっ!」
ピシャリと一蹴された。
すっかり面を食らってしまい、何を口にしたら良いのか判断がつかなくなった。まさか、兵藤らが告げ口したのか?
黄賀エリカは視線を逸らすと、しばらく黙考した。への字に歪んだ口元を見つめながら、その沈黙が解かれるのを待った。
「ひとまず、少年のデータを隅々まで調べさせてもらうぞ。特に、少年はこの市に来て日が浅い。少年を疑うつもりはないが、今後何かしら事件が起きた時、おまえは不利な立場に立たされやすい。学校が終わったら寄り道せずに帰ることだな。むろん、休日も羽目を外してはならない。わかったか?」
すべての発言を終えた彼女に対して抱いた感想はひとつ。
この拘束力は何を意味するのか。
過度な生活指導が果たして許されるのか。
そもそも僕が事件を起こした時、不利な立場に立たされるだって?
両手に力が入る。
「キミが生徒会長なのは知っている。奇妙に他の学生よりも優遇されているな、とも感じている。だからと言って、むやみやたらと僕の個人的なデータを調べるのはどうかと思う。キミと猫を追い駆けていた彼女、もとい姫様とどんな関係性があるのか知らないけど、この先ふたりに迷惑をかけることはおそらくないよ。猫を探して追い駆けていた彼女と次に会う約束をしているわけでもないしね。キミと違って、その彼女について調べようなんて下衆なことをする気もないしね。これでいい? そろそろ、生徒会室と言う名の牢屋から出たいんだけど……」
白く痩せ気味であっさり顔の自分は、自己を主張することのできない男に見えるのかもしれない。目の前の生徒会長は、目を瞬き、ポカンと口を半開きにしたまま打ちのめされていた。まさか、こいつが言い返すとは!そんな顔だ。
ばつが悪くなって右手の書棚に視線を向けた。
改めてエリカ専用の本棚を見た。
書棚を見れば、その人の心が見えるものだが、それほど一筋縄にはいかなさそうだ。
主に料理本、人と自然の関係性、PC関連の分厚い本に、花の蜜について書かれた図鑑的なもの、ボランティア活動日誌、病院に置いてあるような薬との付き合い方や漢方薬につての冊子、著名な教育学者が書いた日本語に関する書籍とジャンルは幅広い。実用書にはまったく手を付けない自分とは真逆のタイプだ。
「もう少し小説を読んで人との会話の仕方を学ぶといいよ。じゃあ、これで失礼するよ」
真っ先にドアを開けようとしたが、カギを締められたことを思い出す。よく見れば、タイムウォッチのようなデジタルな鍵がかけられていた。数秒間、黄賀エリカに背を向けながらどうお願いしようか考えた。
しぶしぶと振り返る。
「鍵は、最低でも30分は開かない」
僕が言うよりも先に忠告された。
「なんでそんな鍵をつけたわけ? そもそも、学校から許可下りてるの?」
「仕事の邪魔をされたくないからだ」
僕からやや視線を外してそう言い放った黄賀エリカの瞳からは、何かしらの覚悟が垣間見えた。
「外に出たければ、窓からどうぞ。それが嫌なら、30分くらい大人しくしてろ」
もはやこちらを見ることはなく、まるで人が変わったように目の色を変えて生徒会の仕事に没頭しはじめた。その横顔は、怖いほど真剣だった。
以前、言っていた例大祭の準備に関連するものなのか分からないが、しばらく予算書と対峙した。
しかたなく、内側のカギが解除されるまで僕はここで時間を潰すことにした。ラック上に置かれたうちわを無断で借りて仰ぎながら、呆然と戸棚を眺めた。
ガラス扉に映る黄賀エリカは、顎に手を置いて考えるそぶりを見せたり、他の資料を手元に寄せたり、電卓を打ったり忙しなかった。
「例大祭って、どこの神社?」
「女蜂神社」
無視されると思ったが、あっさりと教えてくれた。
「ああ、日向なんちゃらっていう人と、少女を祀った社がある神社だっけ?」
調べて間もない情報を口にすると、黄賀エリカはハッと顔を上げてこちらを注視した。いや、大きな瞳で睨んだと言ってもいい。無意識に僕は両掌で防御の姿勢を取った。
「興味があるのか?」
低い声で訊いてきた。
「まぁ、学校行事でしょ? 一応、ここの生徒なんで、そりゃあ、ね?」
「一理あるな。毎年、八月に学校と協力して例大祭を盛り上げる。いろんな面をつけての夜祭パレードは見ものだ。だが、少年のような余所者は目をつけられやすい。さっきも言ったが、素行が悪いと危険だ。日々の生活はメバチ全体に見られている。気をつけろ」
反撃は受け付けんとばかりに、黄賀エリカは大袈裟にノートパソコンに電源を入れてエクセル作業を開始させた。
狭い生徒会室内に、キーを叩く音が響く。
途中、そんな彼女に対して
「エクセルを使いこなせるって、凄いね。僕もPC好きでさ。実は僕たちって気が合うのかも?」
と告げると、
「お世辞を言っても、開けてやらないぞ」
と一蹴された。
「ところで、生徒会って黄賀さん一人なの?」
「男子四人いたが、みんな死んだ」
冗談とも本気ともとれる口ぶりだった。
いやいや、おそらく彼女の傲慢さに男子はついていけなくなったのだろう。きっとそうだ。
その後は、何を言っても無視されたので、携帯を取り出してネットニュースでも拾いながら黄賀エリカの拘束が解けるのを待った。
下校時、背後から段ボール箱を運ぶ黄賀エリカに凛とした声で呼び止められた。
近くにふたり男子生徒はいたが、彼女の漲る視線は間違いなく僕をとらえていた。
「運ぶのを手伝え」
返事をする前に、段ボール箱を胸元に押し付けられた。思ったほど重くはなかったので油断したが、その上にもうひとつ積まれた段ボール箱で腕が折れそうになった。
気の強い女は珍しくなかったが、転校生にこき使うような気の強い女は初めてだった。
誰もいない生徒会室は、三年生の教室が並ぶ二階にあった。部屋は縦長で、長机が縦にふたつ、両側に椅子が四台ずつ置かれている。
左手のラックには、学祭、体育祭、レクリエーション、意見箱、合唱、など行事名が書かれた段ボールが収納されている一方、右側の書棚には生徒会長の趣味と思われる本が並んでいた。
なぜ、生徒会長の本だとわかったか?どの本の背表紙にも、『エリカ専用』と仰々しく赤いシールが貼られているのだ。
「ここに置くよ」
そう断ってから長机に段ボールを置いた瞬間、真うしろから鋭い声が飛んできた。
「少年! 見ただろ?」
「……なにを?」
「ちょうど二週間前。顔を、見ただろって」
脅迫めいたその口調から冗談でないことはわかった。
恐る恐る振り返る。
真っ先に目にとまる彼女の背中まで伸びた明るい髪は、寝癖なのかそういうスタイリングなのか、ところどころハネていた。
卵型の輪郭に、吊り上がった典型的な猫目、筋の通った鼻にチラチラ垣間見える八重歯。改めて見ると整った顔立ちをしていた。
誰か彼女にアドバイスできる者はいないのか?
威圧的な態度と男勝りな口調が、華やかな相貌をオジャンにさせていることを指摘すべきだ。
つい、彼女を見て心の中で冷静に分析してしまった。
「悪いけど、話が見えないよ。誰のこと? 黄賀さんの顔なら確かにいま見てるけど……」
両目を閉じた黄賀エリカは、深いため息をもらした。そして、おもむろにまた両目を開くと足早に生徒会室のドアまで移動し、内側から鍵をかけた。
長机に座り、右足を上にして足を組む。この時、生徒会長の制服だけ他の女子生徒たちと違うことに気づけた。
多くは白の半袖ブラウスに赤いネクタイ、黒のプリーツスカートという組み合わせが夏の制服スタイルだが、黄賀エリカのネクタイは型にはまらず金色だった。細い手首には、ボランティア活動の証である色とりどりのシリコンバンドがいくつも重なって揺れている。
「何を考えている、少年!」
「あ、ごめん。制服のこと考えてて」
うっかり、馬鹿正直に答えてしまったが、制服の話はそれ以上広がらなかった。
「で、僕が何をしでかしたと?」
「猫を追い駆けていた姫様のことだ」
猫を追い駆けていたですぐにピンときた。肩までつくかつかないかの髪に、色白で銀色の瞳をした華奢な浴衣姿の少女。自分を見た瞬間、両目を見開いて「しまった!」と言わんばかりのリアクションだったことも覚えている。
しかし、彼女から言及されるならまだしも、なぜ生徒会長のエリカから指摘されなければならないのか。だいたい、この時代に姫様と呼ばれている彼女は何者なのか。
「こっちを見た瞬間、猫を抱えて逃げるように立ち去ったから一言も交わしてないし、顔もあまり覚えていないよ」
「あまりじゃ困るんだっ!」
ピシャリと一蹴された。
すっかり面を食らってしまい、何を口にしたら良いのか判断がつかなくなった。まさか、兵藤らが告げ口したのか?
黄賀エリカは視線を逸らすと、しばらく黙考した。への字に歪んだ口元を見つめながら、その沈黙が解かれるのを待った。
「ひとまず、少年のデータを隅々まで調べさせてもらうぞ。特に、少年はこの市に来て日が浅い。少年を疑うつもりはないが、今後何かしら事件が起きた時、おまえは不利な立場に立たされやすい。学校が終わったら寄り道せずに帰ることだな。むろん、休日も羽目を外してはならない。わかったか?」
すべての発言を終えた彼女に対して抱いた感想はひとつ。
この拘束力は何を意味するのか。
過度な生活指導が果たして許されるのか。
そもそも僕が事件を起こした時、不利な立場に立たされるだって?
両手に力が入る。
「キミが生徒会長なのは知っている。奇妙に他の学生よりも優遇されているな、とも感じている。だからと言って、むやみやたらと僕の個人的なデータを調べるのはどうかと思う。キミと猫を追い駆けていた彼女、もとい姫様とどんな関係性があるのか知らないけど、この先ふたりに迷惑をかけることはおそらくないよ。猫を探して追い駆けていた彼女と次に会う約束をしているわけでもないしね。キミと違って、その彼女について調べようなんて下衆なことをする気もないしね。これでいい? そろそろ、生徒会室と言う名の牢屋から出たいんだけど……」
白く痩せ気味であっさり顔の自分は、自己を主張することのできない男に見えるのかもしれない。目の前の生徒会長は、目を瞬き、ポカンと口を半開きにしたまま打ちのめされていた。まさか、こいつが言い返すとは!そんな顔だ。
ばつが悪くなって右手の書棚に視線を向けた。
改めてエリカ専用の本棚を見た。
書棚を見れば、その人の心が見えるものだが、それほど一筋縄にはいかなさそうだ。
主に料理本、人と自然の関係性、PC関連の分厚い本に、花の蜜について書かれた図鑑的なもの、ボランティア活動日誌、病院に置いてあるような薬との付き合い方や漢方薬につての冊子、著名な教育学者が書いた日本語に関する書籍とジャンルは幅広い。実用書にはまったく手を付けない自分とは真逆のタイプだ。
「もう少し小説を読んで人との会話の仕方を学ぶといいよ。じゃあ、これで失礼するよ」
真っ先にドアを開けようとしたが、カギを締められたことを思い出す。よく見れば、タイムウォッチのようなデジタルな鍵がかけられていた。数秒間、黄賀エリカに背を向けながらどうお願いしようか考えた。
しぶしぶと振り返る。
「鍵は、最低でも30分は開かない」
僕が言うよりも先に忠告された。
「なんでそんな鍵をつけたわけ? そもそも、学校から許可下りてるの?」
「仕事の邪魔をされたくないからだ」
僕からやや視線を外してそう言い放った黄賀エリカの瞳からは、何かしらの覚悟が垣間見えた。
「外に出たければ、窓からどうぞ。それが嫌なら、30分くらい大人しくしてろ」
もはやこちらを見ることはなく、まるで人が変わったように目の色を変えて生徒会の仕事に没頭しはじめた。その横顔は、怖いほど真剣だった。
以前、言っていた例大祭の準備に関連するものなのか分からないが、しばらく予算書と対峙した。
しかたなく、内側のカギが解除されるまで僕はここで時間を潰すことにした。ラック上に置かれたうちわを無断で借りて仰ぎながら、呆然と戸棚を眺めた。
ガラス扉に映る黄賀エリカは、顎に手を置いて考えるそぶりを見せたり、他の資料を手元に寄せたり、電卓を打ったり忙しなかった。
「例大祭って、どこの神社?」
「女蜂神社」
無視されると思ったが、あっさりと教えてくれた。
「ああ、日向なんちゃらっていう人と、少女を祀った社がある神社だっけ?」
調べて間もない情報を口にすると、黄賀エリカはハッと顔を上げてこちらを注視した。いや、大きな瞳で睨んだと言ってもいい。無意識に僕は両掌で防御の姿勢を取った。
「興味があるのか?」
低い声で訊いてきた。
「まぁ、学校行事でしょ? 一応、ここの生徒なんで、そりゃあ、ね?」
「一理あるな。毎年、八月に学校と協力して例大祭を盛り上げる。いろんな面をつけての夜祭パレードは見ものだ。だが、少年のような余所者は目をつけられやすい。さっきも言ったが、素行が悪いと危険だ。日々の生活はメバチ全体に見られている。気をつけろ」
反撃は受け付けんとばかりに、黄賀エリカは大袈裟にノートパソコンに電源を入れてエクセル作業を開始させた。
狭い生徒会室内に、キーを叩く音が響く。
途中、そんな彼女に対して
「エクセルを使いこなせるって、凄いね。僕もPC好きでさ。実は僕たちって気が合うのかも?」
と告げると、
「お世辞を言っても、開けてやらないぞ」
と一蹴された。
「ところで、生徒会って黄賀さん一人なの?」
「男子四人いたが、みんな死んだ」
冗談とも本気ともとれる口ぶりだった。
いやいや、おそらく彼女の傲慢さに男子はついていけなくなったのだろう。きっとそうだ。
その後は、何を言っても無視されたので、携帯を取り出してネットニュースでも拾いながら黄賀エリカの拘束が解けるのを待った。