14、黄賀エリカの意外な優しさ

文字数 1,092文字

 体育館での終業式も終わり、担任のキツネザビが教室で、「夏休みは、中学生らしい節度ある行動をとり、有意義な生活を送りなさい」と通り一辺倒の話をして一学期は締めくくられた。
 チャイムと共に、生徒達は解放的な表情でいっせいに散らばった。
 靴箱で靴を履き替えていると、視界に厚底ローファーが入った。 
 「少年! ちょっと良いか?」
 腕を組んで仁王立ちをしていたのは生徒会長のエリカだ。手首には相変わらずシリコンバンドをしている。
 「また、姫様のこと?」
 自然と身構えてしまう。
 「違う。べ、別件だ」
 妙におどおどした言い方に、僕は眉根をひそめた。
 「私は、その、小説を、読み始めてる」
 唐突に話題を振られてすぐに対応できなかった。
 が、次の言葉で過去のやり取りを思い出せた。
 「少年が、もう少し小説を読んで、人との会話の仕方を学べと言っただろ?」
 エリカの右手には文庫本が握られていた。
 いつもとは違う、百パーセント乙女を匂わすしおらしい姿に思わず吹き出しそうになる。
 「なぜ笑う、少年!」
 エリカは不本意だと言わんばかりに声を張り上げた。
 「ごめんごめん」
 きちんとエリカに身体を向けながら謝る。
 「キミは純粋なんだな。あの時は、言い過ぎたよ。ただ、姫様に近づいてはいけない理由、いつか話して欲しい。どうも、芽八の人たちは皆説明が下手みたいで。もちろん、その本を読み終えて、ばっちりコミュニケーションスキルを身につけてからで一向に構わないからさ」
 そう言って気分良く立ち去ろうとしたしたが、エリカは改めて声を張り上げた。
 「待て! これをやる!」
 唐突に渡されたのはチラシ一枚。
 生徒会活動の一環かと思ったが、意外にもどこぞのPCショップのチラシだった。
 『芽八一番の品揃え、PCショップ“黄昏”! 新作は安く! 中古は勿論安く!』
 「これって?」
 「PC好きだって言ってただろ。良い夏休みにしろよ」
 外側にハネている毛先をいじりながら、顔を赤めてそんなことを口にした。
 男子に対して免疫が薄いのだろうか。
 こっちまで赤面しそうになるではないか。
 「それはそれは、ご丁寧にありがとう」
 大袈裟に左手を腹部に当ててエリカに一礼した。
 居たたまれなくなったのか、エリカは「忙しいから行くぞ」とだけ言って走り去ってしまった。
 しかし、何という絶妙なタイミングだろうか。そろそろ、芽八市でPCショップを探そうと思っていたところだった。
 エリカが恥じらう姿をちょくちょく思い出しては笑みを浮かべながら、早速チラシの店へと直行した。
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登場人物紹介

◆鬼月丹司


芽八市に引っ越してきた中学二年生。

PCと散歩が趣味。

大らかで誰とでも打ち解ける性格。


◆美星

(イラスト/ちすお様)


丹司が家の近所で出会った浴衣姿の

ミステリアスな少女。

猫のグージーと暮らしている。

人目を極端に避けようとする。

◆グージー

(イラスト/高橋直樹様)


美星といつもいるキジ白猫。

◆黄賀エリカ

(イラスト/ちすお様)


生徒会長。身長と胸のサイズを気にしている。

昼間は屍のように机に突っ伏しているが、

放課後になると、生徒会の仕事に活発に取り組む。

美麗な容姿に似合わず男っぽい口調。


◆右京ほたる

(イラスト/ちすお様)


本業は巫女。

冷静沈着で、積極的に人とかかわりを持たない。

冷ややかな口調だが、けっして不機嫌なわけでない。


◆工藤乃瑛琉

(イラスト/ちすお様)


童顔の容姿に似合わずグラマラス。

ふわふわとした物言いで、

心を読み取りづらい。

虚弱体質で不登校がちのようだが・・・。

◆兵頭新之助


裏生徒会長。

当初は丹司に対して高圧的な態度で

接していたが、丹司のあっけらかんとした

性格に気圧され、徐々に仲を深めてゆく。

実は、仲間思い。


◆相沢真澄


裏生徒会メンバーのひとり。

理知的で物静かだが、

意見はハッキリと口にする。

親が町一番の金持ち。

◆石井悠善


通称石井ちゃん。

裏生徒会メンバーのひとり。

兵頭を心酔し、腰ぎんちゃくのように

兵頭と行動を共にする。


◆マサヤ伯父さん


市街に住む丹司の伯父。

中学の技術の先生。

仕事にのめり込む丹司の父を心配する。

◆キツネザビ


担任の先生。

口が悪く特に転校生の丹司に

冷たい態度をとる。

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