27、キツネザビの警告
文字数 1,627文字
その夜は、芽八市で花火大会があったらしく、網戸を通してドン、シャラシャララという音が聞こえてきた。
もし、マサヤ伯父さんが生きていたら、この花火を誰と見ていただろうか。ふいに、駅で倒れた自分を看病してくれた美星の姿が浮かぶ。
しまった。
ちゃんとお礼をしていない。
そもそも、駅からどうやって運んだのだろう。
何より、彼女から発された数々の意味深な台詞を解く鍵を見つけられずにいた。
携帯を見るのは胸が痛かったが、ナビを使って女蜂神社までひとまず行くことに決めた。
しかし、いくらナビ通りに歩いても目的地には辿り着かない。方向音痴とは言っても、昨今のナビは優秀なのだ。きちんと導いてくれるはず。
あれは夢だったのだろうか。
だんどんと自信が失われていく。
いや、僕の頭や背中を摩ってくれたあの手の感触、グージーのザラザラの舌の感覚は生々しく覚えている。夢なわけがない。
思えばろくに食べていなかった。そのせいか、すぐに体力が切れてしまう。
幸い目の前にはバス停があり、そこに小さな椅子があった。
腰かけたまま途方に暮れていると、視界に入ったタバコ屋がちょうどシャッターを下ろすところだった。
---タバコ屋
僕は、ハッとする。
その単語に呼び起こされる記憶あり。
右京ほたるの後をつける羽目となった数日前。
ここから神社に辿り着くことができたのを思い出す。もう一度、携帯のナビを起動させてみた。それでも女蜂神社に行くことはできなかった。
この町が不可解なのか、それとも無意識に僕自身が心を病んでしまったせいなのか。
少しの間、アスファルトに打ち付ける雨音と、塀の上で忙しく小首動かすスズメの鳴き声を呆然と聞いていた。
目的を果たせぬまま帰宅すると、意外な客が来ていた。信じがたいことに、父と向かい合って座っているのは担任のキツネザビ。
リビングをすり抜けて浴槽へGOと言うわけにもいかず、腕を組んでしかめ面をした父に呼ばれてしまった。渋々リビングへと向かう。
いつもかけている黒縁の眼鏡をしていないせいか、目元より太くて黒い眉毛が強調されて見えた。
「丹司、おまえは色んな女の子に危害を加えているのか?」
「え? 危害?」
寝耳に水なんてもんじゃない。冗談じゃない。
キツネザビがいやらしい目つきでこっちを凝視する。
「色んな女の子って、誰かの間違いじゃない?」
父とキツネザビを交互に睨みつけた。
「そんなことより、父さん告別式に出なかったでしょう?」
「話題をすり替えるな!」
怒声が飛ぶ。
「担任の岡崎先生が、休みを返上してまで、被害報告を受けたことをわざわざ家にまできて教えて下さったんだぞ」
マサヤ伯父さんではなく父が死ねば良かったのにと、喉奥まで出かかっていた言葉を必死に抑えた。
「報告って、誰からです?」
「それが、匿名なんですよ。女性からなんですけどね。ただ、何件も報告が上がっているんですよ。どの電話番号も非通知ではなく、きちんと表示されました」
「その番号は、学校の生徒さんの番号なんですか?」
「それは言えませんね」
チッと思い切り舌打ちをしてやった。どうせでっち上げに決まっている。転入初日から、『何を血迷ったのか東京から転校してきた生徒』と紹介したような非常識な男だ。
「あなたの言葉を、誰が信じるんですか?」
父は横でがやがや言っていたが、返す気になれなかった。
出されたお茶を涼しい顔ですするキツネザビ。見ているだけでむかっ腹が立った。湯呑をテーブルに置くと、彼はこの言葉を言いたいがためにここへ来たのだと悟った。
「明日、学級裁判を行います。二年三組の教室に正午。欠席は認めません」
これ以上、父の顔もキツネザビの顔も見たくなかった。あまりの理不尽な展開に、僕は居たたまれなくなって家を飛び出した。
もし、マサヤ伯父さんが生きていたら、この花火を誰と見ていただろうか。ふいに、駅で倒れた自分を看病してくれた美星の姿が浮かぶ。
しまった。
ちゃんとお礼をしていない。
そもそも、駅からどうやって運んだのだろう。
何より、彼女から発された数々の意味深な台詞を解く鍵を見つけられずにいた。
携帯を見るのは胸が痛かったが、ナビを使って女蜂神社までひとまず行くことに決めた。
しかし、いくらナビ通りに歩いても目的地には辿り着かない。方向音痴とは言っても、昨今のナビは優秀なのだ。きちんと導いてくれるはず。
あれは夢だったのだろうか。
だんどんと自信が失われていく。
いや、僕の頭や背中を摩ってくれたあの手の感触、グージーのザラザラの舌の感覚は生々しく覚えている。夢なわけがない。
思えばろくに食べていなかった。そのせいか、すぐに体力が切れてしまう。
幸い目の前にはバス停があり、そこに小さな椅子があった。
腰かけたまま途方に暮れていると、視界に入ったタバコ屋がちょうどシャッターを下ろすところだった。
---タバコ屋
僕は、ハッとする。
その単語に呼び起こされる記憶あり。
右京ほたるの後をつける羽目となった数日前。
ここから神社に辿り着くことができたのを思い出す。もう一度、携帯のナビを起動させてみた。それでも女蜂神社に行くことはできなかった。
この町が不可解なのか、それとも無意識に僕自身が心を病んでしまったせいなのか。
少しの間、アスファルトに打ち付ける雨音と、塀の上で忙しく小首動かすスズメの鳴き声を呆然と聞いていた。
目的を果たせぬまま帰宅すると、意外な客が来ていた。信じがたいことに、父と向かい合って座っているのは担任のキツネザビ。
リビングをすり抜けて浴槽へGOと言うわけにもいかず、腕を組んでしかめ面をした父に呼ばれてしまった。渋々リビングへと向かう。
いつもかけている黒縁の眼鏡をしていないせいか、目元より太くて黒い眉毛が強調されて見えた。
「丹司、おまえは色んな女の子に危害を加えているのか?」
「え? 危害?」
寝耳に水なんてもんじゃない。冗談じゃない。
キツネザビがいやらしい目つきでこっちを凝視する。
「色んな女の子って、誰かの間違いじゃない?」
父とキツネザビを交互に睨みつけた。
「そんなことより、父さん告別式に出なかったでしょう?」
「話題をすり替えるな!」
怒声が飛ぶ。
「担任の岡崎先生が、休みを返上してまで、被害報告を受けたことをわざわざ家にまできて教えて下さったんだぞ」
マサヤ伯父さんではなく父が死ねば良かったのにと、喉奥まで出かかっていた言葉を必死に抑えた。
「報告って、誰からです?」
「それが、匿名なんですよ。女性からなんですけどね。ただ、何件も報告が上がっているんですよ。どの電話番号も非通知ではなく、きちんと表示されました」
「その番号は、学校の生徒さんの番号なんですか?」
「それは言えませんね」
チッと思い切り舌打ちをしてやった。どうせでっち上げに決まっている。転入初日から、『何を血迷ったのか東京から転校してきた生徒』と紹介したような非常識な男だ。
「あなたの言葉を、誰が信じるんですか?」
父は横でがやがや言っていたが、返す気になれなかった。
出されたお茶を涼しい顔ですするキツネザビ。見ているだけでむかっ腹が立った。湯呑をテーブルに置くと、彼はこの言葉を言いたいがためにここへ来たのだと悟った。
「明日、学級裁判を行います。二年三組の教室に正午。欠席は認めません」
これ以上、父の顔もキツネザビの顔も見たくなかった。あまりの理不尽な展開に、僕は居たたまれなくなって家を飛び出した。