29、痛みを伴う愛を前に僕は
文字数 665文字
時は流れ、2016年。
天皇陛下が退位の意向を示唆した夏。
親友が体調を崩し特効薬をせがんできた。
「そんなものがあれば、僕はノーベル賞をとってるよ」
冗談で言ったつもりが、真面目な顔で受け止める親友。
「自分はこの先、あまり長く生きられないんだろう?」
直接会うたび、電話で話すたび、執拗に明確な答えを求めてきた。僕は長年密かに研究していたことを打ち明けようかどうかで迷っていた。誰よりも熱心に少女を育ててきた彼にはあまりに酷ではないかと。なんたって、少女が持つ『名もなき毒』についてなのだから。
信じがたい話だが、親友は少女によって何度も全身を刺されていた。少女が刺したところを目撃したことはないが、心音もしない、歳もとらない。そんな少女が人間とは呼び難いものだということも僕たちは把握済み。
親友は、「寝てる間に刺されたのだろう」と疲労感をにじませて言うのだが、自然と彼の手は腹部をかばっているのを僕は見逃さなかった。
皮肉にも親友は、少女から受けるダメージが繰り返されることで彼女が生き永らえることを感覚で理解していたのだろうと思う。それは生まれてくるはずだった我が子への深い慰みと、これは神主の宿命なのだ、という強い思い込みが根底にあるのかもしれない。
この年から、「私はどうなってもいい。だから、美星だけは、美星だけは」とことごとく言うようになった。
そう、僕はずっと内緒で、帝王貝細工、いや、親友の道隆のためだけに密かに特効薬を作り続けていた。
どうしても、彼を死なせたくなかった。
天皇陛下が退位の意向を示唆した夏。
親友が体調を崩し特効薬をせがんできた。
「そんなものがあれば、僕はノーベル賞をとってるよ」
冗談で言ったつもりが、真面目な顔で受け止める親友。
「自分はこの先、あまり長く生きられないんだろう?」
直接会うたび、電話で話すたび、執拗に明確な答えを求めてきた。僕は長年密かに研究していたことを打ち明けようかどうかで迷っていた。誰よりも熱心に少女を育ててきた彼にはあまりに酷ではないかと。なんたって、少女が持つ『名もなき毒』についてなのだから。
信じがたい話だが、親友は少女によって何度も全身を刺されていた。少女が刺したところを目撃したことはないが、心音もしない、歳もとらない。そんな少女が人間とは呼び難いものだということも僕たちは把握済み。
親友は、「寝てる間に刺されたのだろう」と疲労感をにじませて言うのだが、自然と彼の手は腹部をかばっているのを僕は見逃さなかった。
皮肉にも親友は、少女から受けるダメージが繰り返されることで彼女が生き永らえることを感覚で理解していたのだろうと思う。それは生まれてくるはずだった我が子への深い慰みと、これは神主の宿命なのだ、という強い思い込みが根底にあるのかもしれない。
この年から、「私はどうなってもいい。だから、美星だけは、美星だけは」とことごとく言うようになった。
そう、僕はずっと内緒で、帝王貝細工、いや、親友の道隆のためだけに密かに特効薬を作り続けていた。
どうしても、彼を死なせたくなかった。