29、痛みを伴う愛を前に僕は

文字数 665文字

 時は流れ、2016年。
天皇陛下が退位の意向を示唆した夏。
 親友が体調を崩し特効薬をせがんできた。
「そんなものがあれば、僕はノーベル賞をとってるよ」
 冗談で言ったつもりが、真面目な顔で受け止める親友。
「自分はこの先、あまり長く生きられないんだろう?」
 直接会うたび、電話で話すたび、執拗に明確な答えを求めてきた。僕は長年密かに研究していたことを打ち明けようかどうかで迷っていた。誰よりも熱心に少女を育ててきた彼にはあまりに酷ではないかと。なんたって、少女が持つ『名もなき毒』についてなのだから。
 信じがたい話だが、親友は少女によって何度も全身を刺されていた。少女が刺したところを目撃したことはないが、心音もしない、歳もとらない。そんな少女が人間とは呼び難いものだということも僕たちは把握済み。
 親友は、「寝てる間に刺されたのだろう」と疲労感をにじませて言うのだが、自然と彼の手は腹部をかばっているのを僕は見逃さなかった。
皮肉にも親友は、少女から受けるダメージが繰り返されることで彼女が生き永らえることを感覚で理解していたのだろうと思う。それは生まれてくるはずだった我が子への深い慰みと、これは神主の宿命なのだ、という強い思い込みが根底にあるのかもしれない。
 この年から、「私はどうなってもいい。だから、美星だけは、美星だけは」とことごとく言うようになった。
 そう、僕はずっと内緒で、帝王貝細工、いや、親友の道隆のためだけに密かに特効薬を作り続けていた。
 どうしても、彼を死なせたくなかった。
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登場人物紹介

◆鬼月丹司


芽八市に引っ越してきた中学二年生。

PCと散歩が趣味。

大らかで誰とでも打ち解ける性格。


◆美星

(イラスト/ちすお様)


丹司が家の近所で出会った浴衣姿の

ミステリアスな少女。

猫のグージーと暮らしている。

人目を極端に避けようとする。

◆グージー

(イラスト/高橋直樹様)


美星といつもいるキジ白猫。

◆黄賀エリカ

(イラスト/ちすお様)


生徒会長。身長と胸のサイズを気にしている。

昼間は屍のように机に突っ伏しているが、

放課後になると、生徒会の仕事に活発に取り組む。

美麗な容姿に似合わず男っぽい口調。


◆右京ほたる

(イラスト/ちすお様)


本業は巫女。

冷静沈着で、積極的に人とかかわりを持たない。

冷ややかな口調だが、けっして不機嫌なわけでない。


◆工藤乃瑛琉

(イラスト/ちすお様)


童顔の容姿に似合わずグラマラス。

ふわふわとした物言いで、

心を読み取りづらい。

虚弱体質で不登校がちのようだが・・・。

◆兵頭新之助


裏生徒会長。

当初は丹司に対して高圧的な態度で

接していたが、丹司のあっけらかんとした

性格に気圧され、徐々に仲を深めてゆく。

実は、仲間思い。


◆相沢真澄


裏生徒会メンバーのひとり。

理知的で物静かだが、

意見はハッキリと口にする。

親が町一番の金持ち。

◆石井悠善


通称石井ちゃん。

裏生徒会メンバーのひとり。

兵頭を心酔し、腰ぎんちゃくのように

兵頭と行動を共にする。


◆マサヤ伯父さん


市街に住む丹司の伯父。

中学の技術の先生。

仕事にのめり込む丹司の父を心配する。

◆キツネザビ


担任の先生。

口が悪く特に転校生の丹司に

冷たい態度をとる。

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