12、特異なモノたち
文字数 1,952文字
六限目は、男子が自習で、女子は保健体育となった。
芽八中学校は男子が少なく、二年生の男子はすべて三組に集められた。
自習時間は先生が教室を離れるので、期末テスト前日であろうと始業ベルが鳴って十分も経てば騒がしくなる。兵頭に限っては、即座に立ち上がって移動してくるなり右京ほたるの席に無断で座した。手には教科書が握られていたが、むろんそれは格好だけでポケットから取り出した携帯に夢中だ。
「学校にいる間は電源切っておかないとだぞ」
真面目に注意したが、兵頭は顔を上げてニッと白い歯を見せただけで再びソーシャルゲームの世界へ。
僕は僕で英語の熟語でも暗記しようと思い教科書を広げたものの、頭に浮かんでくるのは慰霊碑広場で今朝出会った美星のことばかりだった。
---一族が滅びたの。とても誇り高き一族。自分の幸福よりも、周りの人の幸福を考えて行動する
---意図せず周囲に危害を与えてしまうことがある。その時は、自滅を選ぶ。一族の性
一族とは、彼女の家を指すのだろうか。
銀色の瞳に銀色の髪。
やはり異国の血が入っているのだろうか。
一族についてすぐにネットで調べたい衝動に駆られたが、兵頭に注意した手前、この場では憚(はばか)れた。
今は考えてもしかたがない。
また慰霊碑広場へ行けば会えるはず。
それを褒美と考えて、ひとつひとつ熟語を書き殴っていった。
ゲームすら退屈となったのか、十分も経たずに兵頭は愚痴りはじめた。
「あー腹減ったなー。早く終わんねぇかなぁ」
「あ、兵頭さん! 今夜、たこ焼き半額の日っすよ」
気づけば兵頭の前の席に丸っとした石井がいた。
「たこ焼きばっか飽きるよー。可愛いウェイトレスが入ってきた駅前のファミレスにしようぜ」
「あ、いいっすねぇ」
石井は表向き同意していたが、明らかにたこ焼き屋に行きたそうな未練がましい顔をしているのでおかしかった。
しばらくふたりは、聞いているこっちまで眠くなるような無駄話を続けていた。
鬱々とした教室から逃げるように、頬杖をつきながら僕は外に視線を移した。
ふと、ハニカム構造を駆使した高い黒の塔が目についた。
「そうそう、前から気になってたんだけど、あの塔みたい建物って何?」
ふたりは僕の言葉で携帯から顔を上げた。
「ああ、電波塔な」
「電波塔?」
「日本で三番目に高い電波塔らしいぜ! あれ、四番目だったかなぁ……」
兵頭は耳の穴をかっぽじながら曖昧なことを言う。
「そうなの?」
「別名、命の塔とも言う」
いつしか、相沢までもが自席から離れて裏生徒会メンバーの輪に加わっていた。
---命の塔
芽八市の心臓なのか?
少しの間、謎めいたその言葉を咀嚼(そしゃく)しながら黒い塔を凝視していた。
クラスメイトたちはこの奇妙な光景があまりにも日常的で疑問すら抱かないということなのだろうか。自分と同じような温度で塔の存在を薄気味がる者はいなかった。
結局、自習時間が終わるギリギリまで、兵頭は机に突っ伏して寝てしまい、石井は携帯で見知らぬ女の子とチャットに勤しみ、僕と相沢だけが会話を続けた。
「ここの中学ってさ、やたらと女子の保健体育多くないか? それに、別の教室になろうと、普通は男子も同じ授業やらない? 少なくとも僕が知る中学ではみんなそうだ」
いい機会だったので、相沢に素朴な疑問をぶつけてみた。
「特別保健室での授業は、鬼月くんが知るものとは異なるよ」
「どう異なるの?」
すかさず質問をする。
「メンテナンスさ。女子全般に言えることだが、特殊体質の女帝ならば尚のこと。鬼月くんがさっき質問した命の塔が、まさに関係していることだよ」
「芽八の女子は、何かに冒されているってこと?」
教室全体が騒々しかったこともあり、僕の声は相沢の耳にしか届いていないようだった。それでも、周囲を警戒しながら相沢は顔を近づけてきた。
「あれこれ、疑問を口にしない方が良いぞ」
声を顰(ひそ)めて相沢は警告してきた。
「どうして?」
僕は食い下がる。
その態度が気に入らなかったのか、これ以上の説明が単に面倒だったのか。相沢は、眉を吊り上げて鋭い目を向けてきた。
「余所者の好奇心は命取りだからだ」
低い声で、相沢は言い放った。
それまでのトーンとは明らかに異なる。
その時の相沢の目つきは、印象に強く残る鋭さだった。
僕は居心地悪そうに微笑するしかなかった。
終業のチャイムが鳴り、勝手に席を離れていた生徒たちは、自分の席へのろのろと戻った。
その後も、相沢が残した一言は、心の中で一種の異物となってしばらく僕をもやもやとさせた。
芽八中学校は男子が少なく、二年生の男子はすべて三組に集められた。
自習時間は先生が教室を離れるので、期末テスト前日であろうと始業ベルが鳴って十分も経てば騒がしくなる。兵頭に限っては、即座に立ち上がって移動してくるなり右京ほたるの席に無断で座した。手には教科書が握られていたが、むろんそれは格好だけでポケットから取り出した携帯に夢中だ。
「学校にいる間は電源切っておかないとだぞ」
真面目に注意したが、兵頭は顔を上げてニッと白い歯を見せただけで再びソーシャルゲームの世界へ。
僕は僕で英語の熟語でも暗記しようと思い教科書を広げたものの、頭に浮かんでくるのは慰霊碑広場で今朝出会った美星のことばかりだった。
---一族が滅びたの。とても誇り高き一族。自分の幸福よりも、周りの人の幸福を考えて行動する
---意図せず周囲に危害を与えてしまうことがある。その時は、自滅を選ぶ。一族の性
一族とは、彼女の家を指すのだろうか。
銀色の瞳に銀色の髪。
やはり異国の血が入っているのだろうか。
一族についてすぐにネットで調べたい衝動に駆られたが、兵頭に注意した手前、この場では憚(はばか)れた。
今は考えてもしかたがない。
また慰霊碑広場へ行けば会えるはず。
それを褒美と考えて、ひとつひとつ熟語を書き殴っていった。
ゲームすら退屈となったのか、十分も経たずに兵頭は愚痴りはじめた。
「あー腹減ったなー。早く終わんねぇかなぁ」
「あ、兵頭さん! 今夜、たこ焼き半額の日っすよ」
気づけば兵頭の前の席に丸っとした石井がいた。
「たこ焼きばっか飽きるよー。可愛いウェイトレスが入ってきた駅前のファミレスにしようぜ」
「あ、いいっすねぇ」
石井は表向き同意していたが、明らかにたこ焼き屋に行きたそうな未練がましい顔をしているのでおかしかった。
しばらくふたりは、聞いているこっちまで眠くなるような無駄話を続けていた。
鬱々とした教室から逃げるように、頬杖をつきながら僕は外に視線を移した。
ふと、ハニカム構造を駆使した高い黒の塔が目についた。
「そうそう、前から気になってたんだけど、あの塔みたい建物って何?」
ふたりは僕の言葉で携帯から顔を上げた。
「ああ、電波塔な」
「電波塔?」
「日本で三番目に高い電波塔らしいぜ! あれ、四番目だったかなぁ……」
兵頭は耳の穴をかっぽじながら曖昧なことを言う。
「そうなの?」
「別名、命の塔とも言う」
いつしか、相沢までもが自席から離れて裏生徒会メンバーの輪に加わっていた。
---命の塔
芽八市の心臓なのか?
少しの間、謎めいたその言葉を咀嚼(そしゃく)しながら黒い塔を凝視していた。
クラスメイトたちはこの奇妙な光景があまりにも日常的で疑問すら抱かないということなのだろうか。自分と同じような温度で塔の存在を薄気味がる者はいなかった。
結局、自習時間が終わるギリギリまで、兵頭は机に突っ伏して寝てしまい、石井は携帯で見知らぬ女の子とチャットに勤しみ、僕と相沢だけが会話を続けた。
「ここの中学ってさ、やたらと女子の保健体育多くないか? それに、別の教室になろうと、普通は男子も同じ授業やらない? 少なくとも僕が知る中学ではみんなそうだ」
いい機会だったので、相沢に素朴な疑問をぶつけてみた。
「特別保健室での授業は、鬼月くんが知るものとは異なるよ」
「どう異なるの?」
すかさず質問をする。
「メンテナンスさ。女子全般に言えることだが、特殊体質の女帝ならば尚のこと。鬼月くんがさっき質問した命の塔が、まさに関係していることだよ」
「芽八の女子は、何かに冒されているってこと?」
教室全体が騒々しかったこともあり、僕の声は相沢の耳にしか届いていないようだった。それでも、周囲を警戒しながら相沢は顔を近づけてきた。
「あれこれ、疑問を口にしない方が良いぞ」
声を顰(ひそ)めて相沢は警告してきた。
「どうして?」
僕は食い下がる。
その態度が気に入らなかったのか、これ以上の説明が単に面倒だったのか。相沢は、眉を吊り上げて鋭い目を向けてきた。
「余所者の好奇心は命取りだからだ」
低い声で、相沢は言い放った。
それまでのトーンとは明らかに異なる。
その時の相沢の目つきは、印象に強く残る鋭さだった。
僕は居心地悪そうに微笑するしかなかった。
終業のチャイムが鳴り、勝手に席を離れていた生徒たちは、自分の席へのろのろと戻った。
その後も、相沢が残した一言は、心の中で一種の異物となってしばらく僕をもやもやとさせた。