24、電波塔の観察
文字数 2,055文字
朝一から、僕は公園に張り付いていた。
ノートPCと携帯。途中コンビニで佃煮と昆布おにぎりふたつと2リットルの緑茶というご年配セットを買って日陰にてスタンバイ。
明日に備えて、電波塔が何時に顔を出して何時に隠れるのかを徹底的に調査することに決めたのだ。
両扉式のステンレス製の門扉が午前中に開いたのは、早朝6時から6時15分と、ちょうど授業の三限目にあたる10時50分から11時20分の2回だけだった。とは言え、それより以前の時間帯も別の日に調査する必要がある。
猫の額ほどの公園には、三種類の高さの鉄棒と雲梯(うんてい)しかない。さらにこの日は、真夏日を記録するほど猛暑だったためか小さい子供の姿はゼロ。
食中毒が怖くて公園に着いてすぐにおにぎりを食べてしまったので、さっきからグウグウお腹が鳴りっぱなしだった。緑茶も残り200ミリリットルしかない。あまりの暑さにTシャツを脱いで芝生に横になった。
「あれぇ? 出席番号5番じゃなーい。なぜにこんなところで?」
おどけた調子で話すのはひとりしかいない。
顔を覗き込む兵頭は双眼鏡で僕を見下ろす。
ベージュ色のハーフパンツに赤いノースリーブを着ていた。
「まるで、ボーイスカウトから帰ってきたような恰好だな」
皮肉を口にしたつもりはなかったが、ファッションを侮辱されたと受け止めた兵頭は早口でまくし立ててきた。
「おいおいおいおい、今なんつった? このパンツはナイキ様の新作だぞ? 赤Tだってなぁ、卒……」
「あ、その赤いTシャツは良いと思うよ。肩のラインが紺色でカッコイイ!」
かぶせるようにフォローする。
「う、うっす。これはな、我がテニス部の先輩が卒業の日にくれた汗と涙がつまった大切な一着なんだぜ?」
「案外、兵頭くんは情に厚いんだね」
「うっせーよ」
今日の兵頭は何だか雰囲気がいつもと違っていた。
単にオールバックではなく、この日は前髪を下ろしていたせいかもしれないが。
「で、5番は何してんだ?」
当たり前のように隣に座る兵頭。
「電波塔の観察だよ」
「はぁ? こりゃまたマニアックなことに興味持つのな?」
「マニアックかなぁ。因みに電波塔って、毎日同じ時間に出てくるの?」
「シラナイシラナイ~」
あのトルコ音楽の歌を真似ておどける兵頭に軽くあしらわれた。
上半身を起こし、スリープしていたPCを開いて、ひとまずエクセルに作成したグラフを保存。
しばらく電波塔に動きはなかった。
父のお古でもらった携帯Wi-Fiを使ってネットサーフィンをして時間を潰す間も、まさかずっと隣に兵頭がいたとは思わなかった。
しゃがんだまま双眼鏡をあてている。それも、両目にレンズの丸い痕がつくほど長い時間。
「兵頭パンダは、いったい何を熱心に見てるんだ?」
その阿呆な顔に噴き出してしまった。
「笑うな笑うな。可愛い子ちゃんハンターと呼べ!」
「そういや、兵頭にとっての女帝とは誰なんだ?」
いつになく改まった声で尋ねてみた。
冗談で質問されていないと通じたのか、兵頭は双眼鏡を下ろした。
「俺か? 去年も今年も、同じ子だよ」
「一途なんだな」
また、「うるせーよ」と照れ隠しするかと思ったが、兵頭はかつて見ないほど神妙な面持ちになった。
「でもよ、色々嫌な話が耳に入ってきて、ちっと辛い」
「色々? その子の評判?」
兵頭はかぶりを振った。
「実は家が近いんだ」
遠くを見つめる兵頭は、一瞬こっちを見て舌を出した。
その時、携帯が鳴った。僕のではなく兵頭のだ。着メロは、女子アイドルが歌いそうな単純なメロディだったが、着信相手を確認すると真顔になった。
「もしもし、兵頭ですけど……あ、はい。いや、外っすけど。はい……え?」
素っ頓狂な声を上げた時、兵頭の視線が露骨にこちらを向いた。
「いやいや、んなことないっすよ。いや、気のせいっす。あ、いや……いや、それはちょっと困るっす……」
聞かれるとまずいのか、背を向けて道路の方へと移動した。
十分くらい経って戻ってきた兵頭は、急によそよそしくなっていた。
「さて、おっぱいの発育の経過観察も終わったし。俺、帰るわ。じゃあな、電波くん」
「電波くんって、人を変わり者みたいな言い方で呼ぶな……ていうか、なんかあったか?」
その問いには答えず、兵頭は背中を向けたまま軽く手を上げると、そのまま帰ってしまった。すっかりお目当ての女帝についても、はぐらかされてしまった。
自分とはまだ日が浅いのでしかたないかもしれないが、兵頭は人懐っこいようで、周囲と本当の意味で打ち解け合おうとしない。
電話をかけてきた相手は、いったい誰だったのか。
兵頭がいなくなっても、彼の異変について考えてしまったが、その日は午後8時まで電波塔の前で過ごした。結局、電波塔は午後は6時からたたったの十分間だけしか出現しなかった。
ノートPCと携帯。途中コンビニで佃煮と昆布おにぎりふたつと2リットルの緑茶というご年配セットを買って日陰にてスタンバイ。
明日に備えて、電波塔が何時に顔を出して何時に隠れるのかを徹底的に調査することに決めたのだ。
両扉式のステンレス製の門扉が午前中に開いたのは、早朝6時から6時15分と、ちょうど授業の三限目にあたる10時50分から11時20分の2回だけだった。とは言え、それより以前の時間帯も別の日に調査する必要がある。
猫の額ほどの公園には、三種類の高さの鉄棒と雲梯(うんてい)しかない。さらにこの日は、真夏日を記録するほど猛暑だったためか小さい子供の姿はゼロ。
食中毒が怖くて公園に着いてすぐにおにぎりを食べてしまったので、さっきからグウグウお腹が鳴りっぱなしだった。緑茶も残り200ミリリットルしかない。あまりの暑さにTシャツを脱いで芝生に横になった。
「あれぇ? 出席番号5番じゃなーい。なぜにこんなところで?」
おどけた調子で話すのはひとりしかいない。
顔を覗き込む兵頭は双眼鏡で僕を見下ろす。
ベージュ色のハーフパンツに赤いノースリーブを着ていた。
「まるで、ボーイスカウトから帰ってきたような恰好だな」
皮肉を口にしたつもりはなかったが、ファッションを侮辱されたと受け止めた兵頭は早口でまくし立ててきた。
「おいおいおいおい、今なんつった? このパンツはナイキ様の新作だぞ? 赤Tだってなぁ、卒……」
「あ、その赤いTシャツは良いと思うよ。肩のラインが紺色でカッコイイ!」
かぶせるようにフォローする。
「う、うっす。これはな、我がテニス部の先輩が卒業の日にくれた汗と涙がつまった大切な一着なんだぜ?」
「案外、兵頭くんは情に厚いんだね」
「うっせーよ」
今日の兵頭は何だか雰囲気がいつもと違っていた。
単にオールバックではなく、この日は前髪を下ろしていたせいかもしれないが。
「で、5番は何してんだ?」
当たり前のように隣に座る兵頭。
「電波塔の観察だよ」
「はぁ? こりゃまたマニアックなことに興味持つのな?」
「マニアックかなぁ。因みに電波塔って、毎日同じ時間に出てくるの?」
「シラナイシラナイ~」
あのトルコ音楽の歌を真似ておどける兵頭に軽くあしらわれた。
上半身を起こし、スリープしていたPCを開いて、ひとまずエクセルに作成したグラフを保存。
しばらく電波塔に動きはなかった。
父のお古でもらった携帯Wi-Fiを使ってネットサーフィンをして時間を潰す間も、まさかずっと隣に兵頭がいたとは思わなかった。
しゃがんだまま双眼鏡をあてている。それも、両目にレンズの丸い痕がつくほど長い時間。
「兵頭パンダは、いったい何を熱心に見てるんだ?」
その阿呆な顔に噴き出してしまった。
「笑うな笑うな。可愛い子ちゃんハンターと呼べ!」
「そういや、兵頭にとっての女帝とは誰なんだ?」
いつになく改まった声で尋ねてみた。
冗談で質問されていないと通じたのか、兵頭は双眼鏡を下ろした。
「俺か? 去年も今年も、同じ子だよ」
「一途なんだな」
また、「うるせーよ」と照れ隠しするかと思ったが、兵頭はかつて見ないほど神妙な面持ちになった。
「でもよ、色々嫌な話が耳に入ってきて、ちっと辛い」
「色々? その子の評判?」
兵頭はかぶりを振った。
「実は家が近いんだ」
遠くを見つめる兵頭は、一瞬こっちを見て舌を出した。
その時、携帯が鳴った。僕のではなく兵頭のだ。着メロは、女子アイドルが歌いそうな単純なメロディだったが、着信相手を確認すると真顔になった。
「もしもし、兵頭ですけど……あ、はい。いや、外っすけど。はい……え?」
素っ頓狂な声を上げた時、兵頭の視線が露骨にこちらを向いた。
「いやいや、んなことないっすよ。いや、気のせいっす。あ、いや……いや、それはちょっと困るっす……」
聞かれるとまずいのか、背を向けて道路の方へと移動した。
十分くらい経って戻ってきた兵頭は、急によそよそしくなっていた。
「さて、おっぱいの発育の経過観察も終わったし。俺、帰るわ。じゃあな、電波くん」
「電波くんって、人を変わり者みたいな言い方で呼ぶな……ていうか、なんかあったか?」
その問いには答えず、兵頭は背中を向けたまま軽く手を上げると、そのまま帰ってしまった。すっかりお目当ての女帝についても、はぐらかされてしまった。
自分とはまだ日が浅いのでしかたないかもしれないが、兵頭は人懐っこいようで、周囲と本当の意味で打ち解け合おうとしない。
電話をかけてきた相手は、いったい誰だったのか。
兵頭がいなくなっても、彼の異変について考えてしまったが、その日は午後8時まで電波塔の前で過ごした。結局、電波塔は午後は6時からたたったの十分間だけしか出現しなかった。