19、メバチの真実

文字数 3,360文字

白、黄、青、紫などの見たこともないような形状の花が咲き乱れていた。小さなものから大きなものまで。僕の記憶では、これほど大きな花びらを持つ花を間近で見たことがない。茎は長いもので僕の身長の二倍はある。
花壇というより隙間なく生えているその光景は花畑に近いものがあった。
「兵頭!」
 北側から応答があった。
 瞬間、どう入っていけば良いのかためらったが、即座に花と花の間を通ってそれらをかき分けながら進んだ。
 誰かの人影を確認。
「丹司、よく来てくれたな」
 兵頭は右腕を抑えたまま座りこんでいた。
 破れた裾から赤い血がにじんでいる。
「怪我してるのか」
「俺はたいしたことない。それより、工藤が」
 そういって左手で指差した方角には、食虫植物のハエトリソウに似た不気味な植物があった。そして、その真っ赤な花に身体を半分食べられている工藤乃瑛琉の姿も。上半身だけが、だらりと外に出ている。
 慌ててそばに駆け寄り、彼女を救い出そうと肩を掴んで引っ張りだそうとした。
「あなたが来てるなんて」
虚ろな目は、完全に銀色に染まっていた。
「ここは、誰が何のために」
 思い切り引っ張るが微動だにしない。
 茎を思い切り蹴り飛ばすと、葉っぱの部分が動いで顔をぶたれた。
「電波塔が誤作動を起こしたせいで、正常な状態ではいられなくなってしまったんだ」
「電波塔とこの化け物みたいな植物に、どんな関連性があるんだよ!」
 苛立った口調で兵頭に言い返す。
「それは、食虫植物じゃない」
 すると、どこからともなく相沢が姿を見せた。
 なぜか彼は藍色のスーツを着ていた。
 一連の出来事を操る男と踏んでいる僕は、瞬時に身構える。
「どうして、相沢くんがここに?」
 眼鏡の中央を押し上げながら、口角を僅かに吊り上げた。
「僕は、相沢筆工房の息子だからね。ここは、父の会社の私有地でもあるんだよ」
 それを聞いて苦笑する。
 兵頭の顔を見ても、右腕をかばったまま足元を見ているだけだった。
「ヨソモノの鬼月くんには理解できないかもしれないけど、工藤さんは人間じゃないんだよ。限りなく人間に近い女蜂なんだよ」
 ぬめぬめとした液体にコーティングされてゆく彼女を見ながら、「嘘だ、そんなこと」と言った。
「花の蜜を吸いながら薬を作っている時、電波塔は彼女たちを支える役目を担う。でも、原因はわからないがいつもの時間に電波塔が出現しなかったことで工藤は狂ってしまった。もともと、工藤は余命を宣告されている身だ。意図せず花に毒を吐き出してしまい、あのようなおぞましい花を生み出してしまったというわけさ。しかし、困ったことに僕も兵頭も彼女を見放すわけにはいかないんだ」
「その割には冷静なんだな、相沢くんは」
「そう見えるかい?」
 眼鏡の裏で、何かを企んでいる瞳が鋭く光った。
 一筋の汗が額から頬を伝って流れる。
「女帝リストは、あれからちゃんと見てくれたかな?」
 唐突に相沢は懐かしい物を引き合いに出した。
「第一類医薬女、第二類医薬女、第三類医薬女。耳慣れない単語を目にしたと思う。説明してやろう。それは、各女蜂がそれぞれ違う効能の薬を生み出すことを意味する。女帝選びは、兵頭が面白おかしくリストを作ってしまったが、雄たちの身体の欠陥を補ってくれる薬を創出してくれる者を選ぶのが一般的だ」
「つまり、キミたちは二人とも工藤さんが生み出す薬がなければ生き永らえることはできない、と?」
 正直なところ、頭で理解している部分はほとんどない。ただ相沢の言葉をうのみにして返した言葉だった。
「理解が早いな」
 しかし、生死を分けるこの瞬間に、なぜ彼はこんなにも余裕の表情を保っていられるのだろうか。
 その時だった。
 工藤乃瑛琉の長いツインテールの髪が、つやつやと銀色に輝き始めた。相沢はそれを合図に、ハサミともカッターとも言い難い道具を取り出し、彼女の髪を容赦なく切ろうとした。
 僕はとっさにその奇行を止めようと相沢の腰に腕を回す。
「何する、貴様っ!」
 肘が腹部に入ったが、こちらも回し蹴りをして相手を転ばせた。
「相沢筆工房は、彼女たちを商売道具にしていたんだな」
「ヨソモノのおまえが口出しすることじゃない!」
 言葉の応酬をしながら、多種多様な花の上を掴みあいながら転げまわった。
 そこへ、石井ちゃんが止めに入った。ただの小太りではなかった。意外にも勇気と腕力がある彼に救われた。
「何やってんの二人とも!?」
 引き離されても尚、肩で息をしながら僕と相沢は睨みあっていた。
「そもそも、なんでここに、ヨソモノの僕が呼ばれたんだよ」
乱れた髪や服を整えながら不満を吐露した。
「工藤が、最後に会いたいって言ったんだよ」
 うしろから、兵頭がやりきれない表情で真実を述べた。
「早く、工藤と話してやれ」
 気持ちの整理がつかないまま、奇妙な形の赤い花に近づいた。うなだれた彼女は、憂いを帯びた瞳をほんの少し僕の方に向ける。
「なんて言ったら良いのか……」
 最後に会った時は、一方的に拒絶された。なのに今は、彼女の意思で僕に会いたいと。
聞きたいことは何日費やしても足りないほどあった。情けないことに、言葉に詰まったまま彼女を見ていると、乃瑛琉から話しかけてきた。
「あの団地の前で、乃瑛琉のために、親に言い返してくれてありがとねっ。あんまり話せなかったけど、最期に誰に会いたいかって思ったら丹司が浮かんだよ」
 胸がつぶれる思いだった。
 直視するにはあまりに痛々しい姿。
 でも、乃瑛琉の期待に応えてやりたい。
 手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。
「グージー死んじゃったね」
 黙ったままうなづく。
「これから、会えるかもしれない」
「そんなこと……」
「いろいろごめんね」
「いや……でも、なんで……」
「美星を唯一、狂わせた人だから。どんな形になっても、守ってあげてね」
 狂わせた人。
 その言葉をどう受け止めたら良いのか悩ましかった。
 とその時、石井ちゃんが大声を上げた。
「見ろ、電波塔が!」
 いっせいに視線を向けると、少し離れた場所に、電波塔がそびえ立っていた。
 薄闇を貫くように堂々と出現した。
 赤く光りながら回転している尖塔部分。
 直後、各自携帯に速報のアラームが鳴りわたった。
『電波塔無事に作動』
 誤作動の原因までは書かれていなかった。
「あれ、見ろよ」
 兵頭に促されて振り返ると、おぞましい真っ赤な花がみるみるとしぼんでいた。その拍子に乃瑛琉は、花の口から吐き出されるように地面に落ちた。
「乃瑛琉、乃瑛琉、大丈夫か」
 僕と石井ちゃんが彼女を支えながら呼びかける。
 いつの間にか、彼女の髪は黒く変色していた。銀髪は一本もない。肌の色も生気が戻ったように見える。
 目を覚ますと、呆然としながらも黒色に揃った両の瞳で僕の目に焦点を合わせてきた。
「どうして、ふたりともここにいるの?」
 その言葉に僕と石井ちゃんは顔を見合わせる。
「すごく体がだるいよ」
「救急車を呼ぼう」
 ほとんど同時に僕と石井ちゃんは言った。
 市立病院が目と鼻の先ともあって、七分後に救急隊員が担架を持って駆け込んできた。乃瑛琉と兵頭は瞬く間にかっさらわれてしまったが、階段のところで相沢が壁にもたれて僕が来るのを待っていた。
「……電波塔が復旧したから工藤が助かったわけじゃない」
 嘘か真か。
 彼は惑わせるようなことをつぶやいた。
「鬼月くん。キミは、新しい研究対象になるかもしれない」
 キザに前髪をかきあげて、相沢はこちらの意見も聞かずに階段を下りて行った。
 しばらく僕は、花壇の前に佇んでいた。
 すべての花がつぼみとなり、何事もなかったかのように沈黙していた。電波塔もまた、先端の回転を止めて地下に潜ってしまっていた。
 不気味な夜を照らす夜空の星を見上げながら、クラスメイトたちの回復を祈った。
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登場人物紹介

◆鬼月丹司


芽八市に引っ越してきた中学二年生。

PCと散歩が趣味。

大らかで誰とでも打ち解ける性格。


◆美星

(イラスト/ちすお様)


丹司が家の近所で出会った浴衣姿の

ミステリアスな少女。

猫のグージーと暮らしている。

人目を極端に避けようとする。

◆グージー

(イラスト/高橋直樹様)


美星といつもいるキジ白猫。

◆黄賀エリカ

(イラスト/ちすお様)


生徒会長。身長と胸のサイズを気にしている。

昼間は屍のように机に突っ伏しているが、

放課後になると、生徒会の仕事に活発に取り組む。

美麗な容姿に似合わず男っぽい口調。


◆右京ほたる

(イラスト/ちすお様)


本業は巫女。

冷静沈着で、積極的に人とかかわりを持たない。

冷ややかな口調だが、けっして不機嫌なわけでない。


◆工藤乃瑛琉

(イラスト/ちすお様)


童顔の容姿に似合わずグラマラス。

ふわふわとした物言いで、

心を読み取りづらい。

虚弱体質で不登校がちのようだが・・・。

◆兵頭新之助


裏生徒会長。

当初は丹司に対して高圧的な態度で

接していたが、丹司のあっけらかんとした

性格に気圧され、徐々に仲を深めてゆく。

実は、仲間思い。


◆相沢真澄


裏生徒会メンバーのひとり。

理知的で物静かだが、

意見はハッキリと口にする。

親が町一番の金持ち。

◆石井悠善


通称石井ちゃん。

裏生徒会メンバーのひとり。

兵頭を心酔し、腰ぎんちゃくのように

兵頭と行動を共にする。


◆マサヤ伯父さん


市街に住む丹司の伯父。

中学の技術の先生。

仕事にのめり込む丹司の父を心配する。

◆キツネザビ


担任の先生。

口が悪く特に転校生の丹司に

冷たい態度をとる。

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