10:人気異世界ランキング3位アクアワールド

文字数 1,764文字

 午後からは、後輩の新村美咲が担当している異世界へとお邪魔した。
 異世界【アクアワールド】。街中に張り巡らされた水路と、街の中央に生える全長百メートルの大樹・【ウンディーネの木】。そこから絶えず降りている水のカーテン。夜になると、空は幻想的なエメラルドグリーンに輝き、海に囲まれた街なので海鮮料理も美味い。今話題の異世界人気ランキング3位の観光地。
 街を収治めているのは、魚人とエルフのハーフだという女王で、街の子供たちとの交流も盛んな美人だ。彼女の住まう王城は【ウンディーネの木】のてっぺんにあり、街全体の飲食店や観光客向け施設などの管理を行う部署も、城内に位置している。つまり、新村美咲が東京のオフィスから通っている【アクアワールド観光事業課】もここにある。魔法で動くエレベータもあるらしく、木のてっぺんとはいえ往復が苦にはならないそうだ。

 ゲートの駅を出ると、スーツ姿の美咲が出迎えてくれた。
「せんぱ~~い。こっちですよこっち~~」
 ぶんぶんと右手を振る後輩ちゃんに、私も片手をふりふりして答える。美咲はパタパタと小走りしてきて、肩のあたりで束ねられたポニーテールを揺らす。
「ごめんね美咲ちゃん。忙しいのに、急なお願いして」
 私が送ったLINEの内容は、【アクアワールド】で人気のホテルやレストランを見せてほしい、というものだった。もちろん、【ホテル魔王城】経営の参考にしたい、というネタバラシもしている。世界が違うので、本来ならライバルの営業に手を貸す義理などない、と言ってきそうなものだが、【アクアワールド】の女王は即OKしてくれたらしい。聖人だ。
「いいんですよぉ。だいたいの仕事は女王と側近がしちゃうんですから。政治とかは管轄外ですし、私みたいな支部から派遣されている人間には、やることがあまりないんです。大体いつも、のんびりお茶したり、スイーツ食べたりしているだけですよぉ」
「そうなの? でも、支部から給料は出ているわけだし、嫌な顔とかされない?」
「されませんよぉ。み~~んな優しいです。むしろ、スイーツを食べるのが仕事みたいなもんですよ。大通りを視察という名目で散歩して、お店の人たちがくれる食べ物を試食するんです。たま~~に意見を求められるんですけど、どれも美味しくて意見なんてないんですよねぇ。女王も毎日おやつにパイやケーキを焼いてくれて。あ、その写真をツイッターにアップするのは、私の仕事ですねぇ」
 なんだその街ぐるみのアットホーム感は。羨ましすぎる。

「それで、ホテルとレストランを見たいんでしたっけ? どんなのがいいですかねぇ」
 美咲はトートバッグから最新のタブレットを取り出し、宿泊施設のデータを表示させる。それは【アクアワールド】の観光者向けサイトだった。料理の種類、サービス内容、駅から徒歩何分か、現在の利用客数などなど、様々な方法で検索し、おすすめの宿泊施設を表示してくれるというサイトである。
 観光サイトの運営はその異世界の住人が行うものなので、私たち【ツアー部】には関係がない。本来ならば。
「へぇ。余計な装飾や広告がなく、検索や日間・週間のランキング、新着の宿泊データなどで、利用者と宿の経営者、双方にとって使いやすく作られたサイトだね」
 異世界によっては、観光サイト利用者にイラストを配布したり、可愛いアイコンを使わせてくれるけど、検索機能すらない――という、どこに力入れてるんだよこのクソサイト、というようなところもあるのだ。
 それに比べて、このサイトは求められるものを理解した作りだ。
「えへへ。そんなに褒められると、テレますよぉ」
「え? これ、美咲ちゃんがつくったの?」
「そうなんですよぉ。元のサイトはなんかゴチャゴチャしていたんで、女王に作り直していいか訊ねたら、許可がおりまして。このサイトのおかげで売上が伸びた~~って言ってくれる宿もあるんですよぉ。そこの宿主さんからは、美味しいお魚とお酒を頂いちゃいました❤」
 てへへ、と頬をかく美咲。
 仕事がないとか言っておきながら、ちゃんと仕事をしているではないか。しかも、世渡り上手だ。数々の企画を立ち上げ成功に導いてきた私だけど、ここまで使いやすいサイトを自分で用意することは出来ない。
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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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