60:人として最低ですよ

文字数 1,422文字


『明日近藤が魔王城で一泊するとか言っているぞ』

 思わず画面を二度見した。
 なんの冗談かと思ったが、見間違いではなかった。近藤が、魔王城に、一泊。
「まさか!」
 私は慌てて一階の受付に駆け込む。先に戻っていたローパーちゃんが、首を傾げた。
「どうかしたのです? そんなに慌てて」
「明日、宿泊する予定のお客さんっている?」
「明日ですか? たしか一名、いたはずですね」
 ローパーちゃんが宿泊予約を管理するためのノートを、受付カウンターの下から取り出す。案内所の電話でミーサさんが対応し、予約が決まったら、ローパーちゃんにLINEで詳細を送っているのだ。そして、それをローパーちゃんがメモしている。
 ツイッターを使った予約の場合は、アカウント中の人であるスライムくんからローパーちゃんへ伝えられている。
 開かれたノートには、近藤の名前があった。

「マジか」
「どうかしたのです?」
 なんと答えたものか。
 私を左遷に追いやったハゲ達磨です?
 ローパーちゃんに愚痴を言っても仕方ないが、女性差別思考の近藤が、ローパーちゃんや魔王ちゃんを見てどんな反応をするのかはわからない。
 ともすれば、警戒網はしいておくべきだろう。上司である前に客として来る以上、問題を起こされる前に、お断りするわけにはいかないのだから。
「実はね、この近藤という男は私の上司なんだけど……」
「宮子さんの上司ですか? では、挨拶しないといけませんね」
 きっとステキな方なんだろうなぁ。
 とでも言いたげに、声を弾ませるローパーちゃん。
「いや。それがね」
 愚痴りたくはなかったが、仕方ない。左遷に関する事の顛末を話すと、ローパーちゃんはぷりぷりと触手を揺らして、怒った。
「酷い男ですね。人として最低ですよ」
「だから不安なんだよね。なにか問題を起こさないか」
「心配ないだろ」
 振り返ると、魔王ちゃんがいた。

「いつからいたの?」
「ずっとだ。お前に渡し忘れたものがあったからな。声をかけようと思ったら、やけに慌てていたから、気になって後をつけた」
「気づかなかったよ」
「その近藤という男がどんなに酷い人間であれ、【ファストトラベル】の社員である以上、クライアント側となる我々の施設に悪事は働けぬであろう。下手な事をすれば、今度はそいつのクビが飛ぶ」
 そうだろうか。
 まともな社会人なら、会社の仕事相手に悪事を働くような真似はしないだろう。しかし、まともな社会人なら、部下にセクハラを働いたり、優秀な部下を不当に左遷させたりもしないはずである。
 そもそも、なにもする気がないのなら、何故下に見ているはずの【ホテル魔王城】にやってくるのか。
「というか、支部の上司連中には、私をよく思っていない人がいて、なんなら魔王城との関係が切れようが、どうでもいいと思っていそうな人たちがいて……」
「考えすぎだ。それより、ほれ。ボクもレイシアに習い、おかし作りをはじめたんだ。お前に味見役をしてもらいたくてな」
 魔王ちゃんはスカートのポケットから、銀紙の包みを取り出した。開いてみると、中にはドロドロに溶けたチョコクッキーが入っていた。
「いつからポケットに入れてたの?」
「2日前だ」
「忘れすぎでしょ」
 なお、クッキーは塩と砂糖を間違えていたのか、しょっぱかった。ファンタジーの王道である魔界の王は、これまた王道的なミスをするようだ。


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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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