65:楽しく仕事←これ大事
文字数 2,777文字
議題は当然、「どうすれば魔王城を救えるか?」である。
【ファンタジートラベル】が【ホテル魔王城】を切ると決めたのは、近藤がきっかけであろう。近藤の意見を飲んだ東京支部長が、アメリカ本部に連絡し【ホテル魔王城】との契約破棄を認めさせたのだ。
しかし、媚び上手と思われる近藤でも、本部を動かすほどの力はないはずだ。上が契約破棄を認めたのは、【ホテル魔王城】の評判がすこぶる低いからだろう。
つまり
①異世界ランキング5年連続最下位
②レビューの悪評
③半年間客がいなかった
という部分だ。
異世界ランキングの更新は年末に行われるので、いまだ【ホテル魔王城】は最下位だ。しかしここ数ヶ月は客を増やしつつあるし、レビューも回復している。ともすれば東京支部は古いデータを本部に送り、本部は最新のデータに目を通さずにオーケーを出した可能性がある。
ならば、最新のデータを見てもらうようにお願いすればいい。
「……ううん、それだけじゃない足りない」
最新のデータでさえ、大繁盛にはほど遠い。【ホテル魔王城】には価値がないと思われているのならば、この程度では覆せない。
では、どうしたらいいか。
そもそも、私はどうしたいのだろう?
もともと、ツアー部に戻るためにはじめた魔王城での仕事だ。ツアー部に戻る理由は、出世コースに復帰するため。さらに掘り下げれば、お金のため。
結果を出せば認められ、出世し、給料も増える。そして、お金が増えれば私は幸せになる。だから出世しやすい職場に戻りたい――という目的は、今回の件で叶うのだ。
ツアー部ではなく広告部になってしまうが、直属の上司が近藤ではなく井上先輩になるので、これはむしろ喜ばしいことである。
「あれ? 近藤が私を潰したいのなら、私を井上先輩の下に送るはずないよね」
ということは、今回の件は近藤とは無関係?
井上先輩が私を思って、再移動を叶えさせてくれた?
ともすれば、これは私のためだ。井上先輩の好意だ。しかしなにゆえ、【ホテル魔王城】を陥れる?
「考えられる理由は3つ……かな。
①私を広告部に引き込むには、【ホテル魔王城】との契約を破棄させるしかなかった。
②【ホテル魔王城】と【ファンタジートラベル】の契約破棄が決まってしまったので、井上先輩が私を拾ってくれた。
③【ホテル魔王城】はよろしくないところだと、井上先輩も考えている」
ノートに理由を書き出し、考えを整理する。
私が広告部に行くのは喜ばしいことだけれど、経営が回復してきた【ホテル魔王城】を、再び地の底に叩きつけるような真似は回避したい。理由は2つ。【ホテル魔王城】の良さを知ってしまったから。ここには仲良くなった仲間たちもいるから。
さて、私が頭を悩ませている理由は、それだけだろうか。
私はレイシアや魔王ちゃんの笑顔を思い浮かべた。
「……ううん、違うよね。私は魔王ちゃんと出会い、レイシアやローパーちゃんたちと触れ合って、知ったんだ。自分たちも笑顔になって働くことの大切さを」
そして、その楽しさも。
【ホテル魔王城】での仕事は忙しいが、そのどれもが楽しい。
井上先輩は優しく頼りになるいい人だ。しかし、あくまで先輩である。魔王ちゃんたちのように、フレンドリーに接することができるかというと、違う。美咲とならフレンドリーにやっていけると思うが、彼女は広告部にはいない。
「そういえば、井上先輩、言ってたよね」
楽しく働ける魔王城という職場を大切にしろ――と。
そんな風に言ってくれる井上先輩が、私と【ホテル魔王城】を切り離そうとするだろうか。いいや、しない。
ならば、なぜ井上先輩は私を切り離すのか。
4つ目の可能性が浮かんだ。
④井上先輩は、私を試している。
「出世やお金だけが幸せじゃない。私はここで、魔王城で魔王ちゃんたちと仕事がしたい。だから守りたいと思う。私とみんながここで楽しく仕事のできる関係を」
ならば、やるべきことは上層部の説得である。
現状のデータを見せるだけでは弱いのなら、その先を示せばいい。
毎月月末には、その月の仕事結果を振り返り、今後の目標を定める定例会議がある。各支部の会議には、【ファンタジートラベル】の会長、あるいは副会長もやってくることになっている。
そこで、【ホテル魔王城】の明るい未来、契約し続けることで得られる【ファンタジートラベル】の恩恵を証明できれば、問題は解決するはずだ。
なお、【ファンタジートラベル】の簡単な権力図は、以下の通りである。
★管理十界
【異世界管理局】をまとめるトップ十人。うち1名が十人をまとめる局長であり、組織全体のトップ。とされているが、実際には他9名と階級の差はない。あくまでまとめ役。
★各会長
【ファンタジートラベル】【異世界裁判所】など、各下部組織のトップ。
★各副会長
【ファンタジートラベル】においては、副会長をサポートする役職。異世界旅行事業はやることが多く大変なので、副会長は3人存在している。
★各支部長、支部長補佐
東京支部、ニューヨーク支部など、各支部のトップとその補佐をする人物。
★専務、常務、部長
支部ごとに存在している、お偉いさん。そして、ツアー部や広告部など部をまとめる上司。みんなから先輩と呼ばれ親しまれている井上先輩も、実は部長である。先輩と呼ばせているのは、その方が親しみを感じそうだから、とのこと。
近藤も先輩と呼ばせているが、こちらはまったく慕われていない。
そして、部長の下に一般階級の社員である。
細かい話をすれば、他にも階級は存在している。しかし、大体はこんな感じだ。
定例会議に出席できるのは部長以上の肩書きを持つ者だが、部長の許可さえ得られれば、私や美咲でも出席することができる。
ケチなハゲ達磨の近藤なら許可を出さないだろうが、どうやら私は広告部に移るらしい。井上先輩の許可をもらえれば、定例会議に参戦できるはずだ。井上先輩が私を試しているのなら、当然【ホテル魔王城】を救うチャンスは与えられるはずである。
そのチャンスで私を魔王城勤務に戻してもらい、契約の破棄を阻止するとともに、さらなる社のサポートを得られるように働きかければ、作戦は大成功である。
私も魔王ちゃんも、みんなも笑顔になって嬉しい、楽しい。仕事もはかどり、ますますサービスもよくなり、お客さんも嬉しい。オールハッピー計画だ。
「そうと決まれば、データをまとめなくっちゃ」
みんなにいらぬ心配はかけられない。今回はスライムくんの手を借りず、私だけでまとめてみせよう。