01:魔王城への左遷

文字数 2,343文字

 いつもと何ら変わりのない、月曜日の朝だった。東京にあるオフィスへ元気よく出社し、さぁ今日も一日がんばるぞー! と、自分のデスクに向かった私。しかし、私の席にはメガネをかけた40代の男が座っていた。
 支部長だ。私のいるオフィスの中では、一番偉い男のことである。彼は私を見つけるなり、笑顔を浮かべて言った。

「君、明後日から魔王城勤務だからよろしくね」

「えっ? 魔王城? どういうことです?」
 意味がわからず聞き返すと、彼は笑顔のまま続けた。
「要するに、左遷だね」
「さ、サセン……?」
 一体なんの魔法だろうか?
 理解が出来ず、首をかしげる。

 私、花崎宮子25歳は、国内最大の異世界旅行提供会社【ファンタジートラベル】入社4年目という経歴を持つ、自他共に認める優秀な社員である。
 異世界ゲート技術の完成から50年、異世界と地球を結ぶ超大手企業。それが【ファンタジートラベル】だ。
 そのツアー部にて、私は数々の結果を出してきたのだ。

 西に過疎化した【エルフの旅館】があれば経営方針を見直し、東に観光地化したい【ドワーフの地下都市】があれば地域復興プロジェクトを用意し、その他様々な異世界のツアー企画を立ち上げ、そのすべてを成功させてきた。
 そんな将来有望、出世確実だったはずの私が、左遷されるなんて。
「とにかく、そういうことだからヨロシクね❤」
 支部長が笑顔を崩さず去っていくと、呆然と立ち尽くす私の肩を、井上先輩が叩いた。
「俺もお前の処遇を決める会議にはいたんだがな。クビを阻止するので手一杯、左遷までは止められなかった」
 井上先輩は他部署の人間でありながら、私の仕事ぶりを評価して、よく飯を奢ってくれる優しい先輩だ。私以外にも、多くの新人に声をかけアドバイスや悩み相談などを行なっている、面倒見のいい人間である。

「ほんと、すまん!」
 両手を額の前で合わせる井上先輩。いきなり左遷だの処遇を決める会議だの、わけがわからない。私は混乱のあまりめまいをおこしながらも、井上先輩の両肩を掴んだ。
「ちょっ、ちょっと待ってください! クビ!? 今クビって言いました!?」
「いや、クビは阻止したんだ」
「そうじゃなくって! そもそもクビという選択肢が出てくる理由に心当たりないんですけど!!」
「……非常に気の毒なんだが……」
「なんですか? 言ってくださいよ。ワケもわからずクビだの左遷だの、納得いきませんよ」
「まあ、そうだよな。近藤の件。といえばわかるか?」
「近藤の件……?」
 近藤とは、私の上司であり、剥げた頭を持つ中年・肥満体の男性だ。彼の顔が脳裏に浮かぶと同時に、私は背筋に冷や汗をかいた。
「あっ」
 思い当たる節がひとつだけあったのだ。

 あれは一週間ほど前のことである。
 その日、我らツアー部は近くの安い居酒屋で飲み会をやっていた。言うまでもなく楽しいのは上司の近藤だけで、私のような下っ端にとっては、たえず空気を読み気を使い上司のグラスに酒を注いで――という、面倒以外の何物でもないイベントであった。しかし、企画したのが近藤である以上、断るわけにもいかず、仕方な~~く楽しいフリをして参加したのだ。
 会場となった銀座の居酒屋で、事件は起こった。焼酎一杯程度で出来上がった近藤が、今年入社したばかりの女性新人社員である新村美咲の肩に手を回し、しつこく連絡先や休日の予定を聞いてきたのだ。たいした結果を出していないくせに、何故か部長の座につく偉そうなこの男は、後輩ちゃんの嫌がるそぶりに腹を立て、
「上司の言うことが聞けないのか。女のくせによぉ」
 とぬかしやがった。
 さすがの私も、これにはカチンときた。
 気づけば、私はビンタをかましていた。怒り狂って怒鳴り散らす近藤を、その時はほかの男性社員たちが止めてくれたのを覚えている。翌日は何事も起こらなかったため、近藤の奴め、相当酔っていたのだし、私の件は忘れてくれたのだろう――と思っていたのだが。
 この近藤という男は厄介なことに、男は女より優秀で、それ故に女の部下になるのは我慢がならない――という、時代遅れな女性差別思考を持つクソ野郎である。
 十中八九、近藤が私に八つ当たりをしたのだ。女で部下のくせに、私をビンタをするとは何事かクソアマ! クビにしたるわ! 死ね!! みたいな感じで。

 さらに、井上先輩は説明してくれた。
 彼以外にも、私の味方をしてくれた人はいたらしい。けれど、会社の上層部には近藤とかいうハゲ達磨を可愛がる、これまた前時代的な男尊女卑思考の老人共がいるようで、私の不当な処罰を撤回させることが出来なかったのだと。
 やれやれ、クズはクズに好かれるものらしい。
「それで、左遷先なんだけどな」
 井上先輩は一層言いにくそうに、だけどハッキリ、続けた。改めて左遷先を聞いて、私は壁に背を預け、めまいのあまり真っ白になった視界で、考えた。

 私はツアー部、井上先輩は広告部。直属の上司は近藤なので、井上先輩の意見は通りにくい。それでも頑張って、クビから左遷に留めてくれたというので、感謝は尽きない。
 しかしながら、その左遷先が問題だった。


・転送できる異世界数、270。
・うち、人気ランキング270位。
・5年連続最下位


 臭い。不気味。魔物をけしかれ変な汁をかけられた。飯がグロい。冒険者気分で行ってみたら、牢獄に入れられた。交通が不便すぎる。確実にブラック企業。魔王が旅館経営を勘違いしているんじゃね?
 などなど。サイト内の感想掲示板では酷評が並ぶ、最悪の異世界。

 ――名を、魔界。

 魔界へ左遷ってほんまかい!!

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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