26:おいでやす勇者様
文字数 2,476文字
山道の手入れが済んだので、いよいよ営業を開始とする。
といっても、宣伝はまだしない。
「3日後、試験営業として私の後輩を招こうと思う。そこで、【ホテル魔王城】の受付を担当する者を決めようと思うんだけど、これはローパーちゃんでいいかな?」
最初に私を案内してくれたのはローパーちゃんだし、なんだかんだ礼儀正しく、うってつけであるように思えた。表面はヌメヌメだが、身体の下部分はヌメヌメしていないので、床を汚すこともなく、これに関しては絡みつかなければ問題ない。
しかし、珍しく会議室に魔王ちゃんが現れ、言った。
「接客担当はレイシアだ」
「レイシア?」
私が見ると、レイシアはびくりと肩を震わせる。彼女はゾンビだけど、別に腐臭がするわけではなく、顔色が悪いだけで見た目は可愛い。礼儀正しくもあるが、しかし人見知りだ。この一点があるおかげで、致命的なまでに接客には向かないと思う。
魔王ちゃんは続けた。
「レイシアはコミュ障を克服するべく、自ら人前に立つメイドの役目を名乗り出た。本人のやる気を無下にすることはできん」
「そうなの?」
「は、はい。レイシア……がんばりゅ」
噛んだ。
しかし、顔からやる気は伝わった。
「わかった。それじゃあ、当日はレイシアに案内をしてもらうね。念のため客に案内する浴場やレンタルタオルなどの収納場所を確認するけど――」
その後も会議は続き、この日は魔王ちゃんが終始無言で観察していた。
ようやく魔王ちゃんにも私を認める気が起きたのかな、と思ったけれど。会議が終わってみると、いつの間にやら魔王ちゃんの姿は消えていた。
私が客役を担当しての予行練習を踏まえ、3日後。練習でも私と目線を合わせられなかったレイシアのことを、私や魔族一同は心配で心配で、とにかく心配していた。なので、持ち場のない者たちは柱や壁の陰から、入り口のカウンターに立つレイシアを見守る。
私には役目があった。ゲートの駅で後輩である美咲と合流し、長い山道を一緒に歩くという役目だ。
「結局、移動は徒歩なんですねぇ」
「そうなんだよね。ここもなんとかしたいんだけど、一応、ほら。ところどころにオーナメントがあるでしょ? これ、魔力で光ってるんだよ?」
山道の途中途中には、LEDではなく魔力で光るタイプのオーナメントを設置した。草木に吊るされた可愛い魔族の飾りたちには、一日一回誰かが魔力を注入しないといけないので、それは階段の掃除を担当する魔族に頼んでいる。
「可愛いですけど、ここの木々や草花の色が濃すぎて、あまり目立たないですよぉ」
「たしかに!」
盲点だった。
これでは、面倒な山道を少しでも楽しませる作戦は機能しない!
やはり、どうにか交通手段を確保する必要があるようだ。
山道を登り、可愛い城壁のスプレーアート前で自撮りをした後は、門番のゴーレムとも自撮りして、彼から衣装を受け取り、ようやく庭園に入る。
美咲が選んだのは、勇者の衣装だった。といっても、赤いマントを羽織り、レプリカの剣を背負うだけ。
次に入る庭園は草の天蓋で薄暗いため、開けていた山道よりかはオーナメントが綺麗に見えた。しかし、美咲はスライムくんお気に入りの魔法陣マットをスルーした。
そして、ついに城内へ。
「ここが魔王城ですかぁ」
美咲は赤い絨毯の伸びたフロントに立って、豪勢なシャンデリアを見上げながらキラキラと目を輝かせた。
正面には横幅の広い階段があり、絨毯は階段を登った先、吹き抜けの二階にまで続いている。正面の壁、二階部分には魔王ちゃんの肖像画を挟む形で、長剣と盾のレプリカが飾られていた。
このセッティングは、私の案だ。
「思っていたより、いいですねぇ」
と、美咲はスマホで城内を撮影する。柱からは、隠れきれていない魔族たちが見えているけれど、それに関してのツッコミはなし。事前に、私が事情を話しているからだ。つまり、人見知りのメイドさんを心配して、みんな見守っているんだよー、と。
そこへ、緊張で氷魔法をくらったようなカチコチのレイシアがやってくる。右手と右足を同時に出すような歩き方。どこの軍隊だ。いや、ファンタジー風にいうなら、状態異常で凍りついている感じか。
「おおおおおおいでやすうううう」
違う。
ここは「よく来たな勇者よ」が正解だ。ゴーレムからもらった衣装に合わせて、最初の挨拶を臨機応変に変えていくのだ。やはり、レイシアには荷が重いように思える。
レイシアも間違いに気づいたのか、はっとした表情で訂正する。
「おおおおおいでやす勇者殿」
うん、まあ、うん。
「可愛いメイドさんですねぇ」
美咲には好評だったので、よしとする。
しかし
「おおおおお部屋でありまする」
語尾。
「大浴ジョジョです」
スタンドを使いそう。
「おしょしょしょしょ」
食事への案内は、もはや意味不明。しまいには、緊張のあまり、食事の席では緑色の謎液体(後で聞いたら、ゾンビのスキルで毒効果があるらしい。危険だ)を嘔吐し、ローパーちゃんにトイレへ運ばれていった。
その際、レイシアは
「す、すみません。実は私、生前は喪女で、綺麗な女性と接するのは、余計に緊張して……宮子さんは、だいぶ慣れたんですけど」
と言った。
喪女。つまり、モテなかったということだろう。
「……え? でも、それなら男性と話せなくなるっていうならわかるけど……」
「レイシアさんは、女性が好きなんですよ」
ローパーちゃんが、補足した。
「そ、そうなんだ。まあ、そういう人もいるよね」
頬を染めたレイシアが、少し怖かった。
とにかく、レイシアの人見知りっぷりは、予想を上回るレベルだった。むしろ、よく私とは普通に話せるくらいになったものだ。
大浴場は普通に広いお風呂で、新しい客室もそこそこに快適。レイシアの接客以外はこれといった問題はなく、美咲は普通に一泊してくれたわけだけど。