53:ドラゴンたちのゲイバー

文字数 1,388文字

 濡れたまま徒歩で山を下る。やがて観光案内所の丸太小屋が見えてくる。森の入り口に立つ石像が視界に入り、そういえば、と気になっていたことを思い出した。

「ねえレイシア。魔界にはさ、ドラゴンっているの?」
「……いるには、いるんだけど……」
 と、ドラゴンの石像を見上げる。
「わけあり?」
 レイシアが頷く。
「彼女が魔界に暮らすドラゴンなんだけど……」
 レイシアはスカートのポケットからスマホを取り出し、写真を表示させた。双翼を持つ漆黒のドラゴンだ。魔王城を囲う壁の前に立っているのだが、壁より背が高い。これは相当でかい。人を沢山乗せても、問題がないほどに。

「強そうだね。問題があるというのは、性格が凶暴とか?」
 写真に映る鋭い真紅の双眸と、剣のように鋭利で太い牙を見ながら問う。しかしながら、レイシアは首を横に振るった。
「その逆……」
「逆……?」
 とてもおとなしいのだろうか。なら何も問題ないと思うのだが。
 レイシアは言う。
「とても繊細なオネエで。見た目が怖いと言われて、引きこもってしまっていて」
 この見た目で、繊細で、しかもオネエ?
 それはたしかに、面倒そうだ。


 ミーサさんにお風呂の修理をお願いした後は、草原エリアにある洞窟へと移動した。そびえ立つ岩山に空いた、いかにも洞窟ですよ? という感じのところだ。
「ライト」
 レイシアが唱えると、彼女の手のひらから、白い光を放つ球が出現した。魔法は便利だが、科学だって負けてはいない。私はスマホからホログラムのキューブを放出させ、そのキューブを白く発光させた。これが最新の懐中電灯アプリだ。
「シュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴンさーん! レイシアだよ!」
 レイシアは洞窟の中を照らしながら、彼女にしては珍しく、叫んだ。
「名前、長いね」
「でもこれが名前だから。シュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴンさーん!」
 レイシアの声が暗闇の中に響く。
 グルルルル。
 獣のうめき声を何倍にも拡大したような音が返ってきた。これは怖い。とても、繊細なオネエが出てくるとは思えない。
 ズッシン、ズッシン。
 足音が響き、地面が揺れる。暗闇の中から、ヌッと大きなドラゴンの顔が現れた。迫力ある双眸が私たちを見下ろす。身体がでかすぎるので、這ってやってきたのだ。顔しか見えない。それでも、この足音。とても繊細なオネエには見えない。

「んもうっ、レイシアちゃんったら。その呼び方はやめてって言ったでしょーん。アタシのことは、ルカ姉って呼んでよん。傷ついちゃうわん」
 あっ、繊細なオネエだ。
 シュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴンことルカ姉は、野太い声で言った。
「ごめん、そうだったね。彼女はルカ姉。ドラゴンたちのゲイバーで働いていたところ、お店が倒産して。魔王様に勧誘されたけど、当時のお客さんに怖がられて引きこもっちゃったドラゴン」
 とレイシアは言った。
 ドラゴンたちのゲイバー?
 なんか凄いパワーワードが出てきたような気がするけど、聞かなかったことにしよう。
「こちらは花崎宮子さん。【ホテル魔王城】を立て直そうとしている、レイシアたちの新しい友達」
「あらあら。人間ちゃん?」
 ルカ姉が不安そうな顔をする。
 私は笑った。
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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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