03:魔界観光案内所のお姉さん
文字数 1,714文字
女の幸せは素敵な恋をすることだとか、結婚をすることだとか言う人がいる。そういう幸せもあるのだとは思う。だけど、私にとっての幸せはお金だ。金があればスイーツを食べたり、服を買ったり、好きな異世界へ旅行に行ったりできる。だから私は働いて、稼いで、働いて、出世するのだ。
もちろん出世のためなら、金のためなら、なんでもするし何をされてもいい、というわけではない。正当な努力をして、正当な結果を出し、それを普通に認められて、成功したいのだ。
だから必ず魔王城で実績を上げ、ツアー部に戻らなければならない。私を馬鹿にしたあの中年野郎より上にいって、ざまぁみろ、お前の思い通りにはならないぞハゲ達磨野郎、と笑ってやるのだ。
私は赤布を前にした闘牛も道を開ける勢いで、カウンターに向かった。
「すみません。魔王城まで行きたいんですけど、バスってありますか?」
「ないッスねぇ」
そして、早くも心がポッキリと折れかけている。
異世界転送ゲート・魔界駅を出てすぐのところにある魔界観光案内所。その受付にいる上下ジャージ姿のお姉さんは、気だるそうに小指を耳の穴に突っ込んだ。
異世界転送ゲートとは、アメリカが開発したワープゾーンだ。利用者はゲートの前にある端末を操作し、異世界管理局アメリカ本部が設定した【世界名】を入力して、某人気RPGに出てくるような渦巻いた空間に飛び込む。すると、設定したゲートに移動できるという謎の技術である。
地球にも、アメリカや日本、ロシア、中国、イギリス、フランス、東ティモールなどにゲートが設置されている。ゲートのあるところは観光地で、文明が発達していて交通整備も整えられているはずなのだが、どうやら魔界では人間界の常識が通じないらしい。
ゲートのある建物――魔界ゲート駅を出ると、目の前には山。後ろには森。左右にも森。駅を除く人工物はこの古びた丸太小屋(案内所)しかなかったので、まさかとは思ったのだが、予想は的中した。
「では、魔王城まではどうやっていけばいいんですか?」
「そりゃあ……」
長いピンクカラーの髪をボサボサにさせたお姉さんは、派手なネイルをした指で窓の外を指さした。
そこにあるのは、青や紫の葉をつけた木々が毒々しい、不気味を絵に描いたような山だ。よく見ると、てっぺんに大きな城が建っていた。見てくれは立派である。
「……徒歩ッスよ」
お姉さんの指は、城を指していた。視界の大半を埋め尽くす、深~い山を飛び越えて。
「マジですか?」
念の為、聞いてみた。
「マジッスよ?」
聞かなければよかった。
お姉さんはなぜか勤務中なのに着ているジャージ(下)のポケットから、スマホを取り出した。もしかして、魔王に電話して呼んでくれるのではないだろうか。そりゃそうだ。私の趣味は登山ではない。靴はちょっぴりお高い革靴。背負っているのはリュックだが、中身は着替えや歯ブラシ等の生活用品。どう見てもこれから登山しに行くような装備ではない。
しかし、私の投げた期待は魔球よろしく明後日の方角へカーブした。彼女がしているのは、LINEのチェックだった。
ちらりと見えた相手の名前は、【✝イフリート大納言☆大侍✝】。本名ではないのだろうけど、おかしな名前だ。と思っていたら、お姉さんと視線が重なる。
「名前のセンス、やばいっしょ?」
「は、はあ……」
覗き見していたのがバレて一瞬焦ったが、お姉さんは楽しそうに画面を見せてくれた。【✝イフリート大納言☆大侍✝】さんは、新作ができた、と言って剣や盾の写真をアップしている。青や赤の剣身。実にファンタジーっぽい。
「あたしの彼氏なんスよ。鍛冶屋なもんで、こうして武器や防具を作るのが趣味なんス。魔界も平和になって、装備品の需要がないからほとんど稼げずあたしのヒモッスけどね」
と笑う。
養っていることを楽しげに言うので、きっと彼は性格がいい人、否、魔族なのだろう。
「で、こっちがあたしの作品。原型師を夢見たこともあったッス」
と、カウンターの上に置かれていた鎧姿の竜人や、スライムのフィギュアを見せる。