61:ここで貴様が私を追い出せば、花崎をクビにする
文字数 2,878文字
しかしながら、私の予感は当たるのである。
翌午前10時。
ゲートの駅から現れたスーツ姿の近藤を、私とルカ姉は出迎えた。
「ほう。コレが特急ルカルカなんたらというやつか」
今度はルカ姉の大きな体を見上げて、呟いた。
この時点で、私には突っ込みたい点が3つほどあった。
①今日は土曜日なので休日なのだが、なにゆえスーツなのか。
②ルカ姉をコレとか、もの扱いするな。
③ルカルカまで覚えられて、なぜ号まで覚えなかったのか。
「まあいい。乗せろ」
近藤が偉そうに言うと、ルカ姉は笑顔で右手を差し出した。
「ようこそ近藤様。快適な空の旅を提供するわねん」
「うわさには聞いていたが、本当にオカマの龍がいるとはな。世も末だ」
殴ろうかと思った。私に魔法が使えたら、今頃このハゲ達磨は黒焦げ達磨だ。
ルカ姉は私と、近藤を名乗るハゲ達磨を背に乗せ、指輪に魔力を込めてバルーンを出現させる。それから、なるべく揺らさないよう配慮しつつ、ゆっくり浮上した。
近藤は道中、
「ふん。寂れた景色だな」
「まったく殺風景だ」
「なんというか、殺風景だな」
「ふん。この景色は……ふん」
と文句ばかり口にして、私を不快にさせてくれた。最後の方なんか、文句すら言えていない。こんなにも貧困すぎるボキャブラリーで、なにゆえ私より偉い立場にいるのか。
きっと、媚びるのがうまかったに違いない。この媚び達磨め。
魔王城に着くと、近藤は無言のままルカ姉におろしてもらい、無言のまま城へと向かった。ゴーレムが衣装をたずねても、いらんと突っ返し、スーツのまま城に入っていく。
一体なにしに来たのやら。
「ごめんね、ルカ姉。不快な想いさせて」
「別にいいわよん。あの人、あたしを恐れていなかったし。こんなにもまっすぐと不満そうな態度をぶつけられたのは、かえって新鮮だわ」
いらぬ新鮮を与えてしまった。とっとと腐らせてしまえハゲ達磨野郎。私は心の中で罵り、山を降りていくルカ姉を見送った。
さて、問題はここからだった。
ハゲ達磨近藤はピカピカの頭を見せつけながら、無駄にたるんだ腹を揺らし、一階入ってすぐの脇にある受付、その正面にある魔王城カフェに目をつけた。
「おい。部屋への案内は後でいいから、カフェに入る。もう営業はしているのか?」
「ええ、まあ」
「そうか。なら、お前もついてこい」
なにが“なら”なのか、近藤は壁際のテーブル席に陣取り、正面に私を座らせた。
「注文はこのオムレツだ。レイシアとかいうメイドが持ってくるんだよな?」
近藤はメニュー本にある【トレントのオムレツ】を指でとんとん叩いた。
細長いオムレツを木の魔族であるトレントにたとえ、葉に見立てた魔界の野菜を添えたメニューである。オムレツ部分には、レイシアがケチャップで文字か絵を描く、という部分までがセットになっている。
ツイッターに何度かレイシアのケチャップシーンをあげたので、近藤が知っていても不思議ではないのだが。
近藤は後から水入りのグラスを手にやってきた別のメイドさんに、もう一度メニューを注文した。鼻をふんふんと膨らませながら。
まさか、このハゲ達磨はレイシアが目当てなのだろうか。
美咲にセクハラを働いたことから、ハゲ達磨が女を見下しているくせに女好きであることは理解していた。しかし、レイシアは見た目十代半ばくらいの少女だ。実は100年以上生きているらしいが、見た目は少女だ。ゾンビなので、正確には100年以上死んでいる、になるが。
ともかく、少女なのだ。対して、ハゲ達磨の年齢は知らないが、50はいっているであろう。
このハゲ達磨は、ロリコンでもあったのか。
ハゲ達磨は注文後も、メニューをぱらぱらやりながら、
「多少は頑張っているようだな。多少は」
とぶつぶつ言っていた。
やがてレイシアがオムレツを手にやってくると、近藤は皿を受け取るふりをして、わざと手をグラスにぶつけ、ひっくり返した。
「うわっ」
わざとらしい悲鳴をあげて、よくみると色落ちしているスーツのズボンに、水をびっちゃりと引っ掛ける。
「す、すす、すみませんっ! 今タタタオルをおおおっ!」
テンパるレイシア。レイシアはなにも悪くないのだが。
そんなレイシアの細い手を、セクシャルハラスメント色落ちスーツハゲはがっしりと掴んだ。
「そんなのいいからさ、拭いてよ。ハンカチ持ってるから」
と、胸ポケットから白いハンカチを出す。
どこを吹けというのか。水は腰から下の部分を濡らしている。
私に魔法が使えれば、サンダーフレアで乾かすついでに灰燼に帰してやるのに。
「えっ? あの、え?」
オムレツを片手に、思考停止状態のレイシア。私が渡したマニュアルには、
『セクハラ客が来たらビンタしてやれ! 魔法で殺すのはさすがにやばい! もし撃っちゃったら、蘇生必須』
と書いた。ただし客が私の上司だった場合、の対処法は書かれていない。
「こ、近藤先輩! なにしているんですか!」
「お前は黙ってろ。今度は左遷では免れんぞ」
「なっ」
「いいか? 会社の上層部はな、魔王城にはこれ~~~~~っぽっちも期待してはいないんだ。お前たちがなにを言おうと、誰も味方になど、なっちゃくれん」
もう一度殴ってやろうかと思った。
しかし、それをしたら近藤の言う通り、今度こそ本当にクビが飛ぶかもしれない。あの飲み会現場には、近藤がセクハラを働いていたと知る社員が何人もいたのだ。それなのに、近藤は罪を免れ、ビンタした私だけが左遷された。
近藤がどれほどの根回しをしたのかはわからない。それも努力なのかもしれないし、あるいはお偉い連中と歳が近いからなのかもしれない。だから、贔屓したくなる。わからなくはない。ないけれど、納得はいかない。
これが会社か。社会か。どんなダンジョンよりも、くそったれな難易度だ。
私は悔しさに唇を噛み、しかしどうしたらいいのかわからず俯いた。
「おい、なにをしている」
現れたのは魔王ちゃんだった。
なぜか、メイド服を着ている。レイシアにクッキーを習ったと言っていたが、格好まで真似していたとは。
「ほう。貴様は魔王か」
近藤の目が、魔王ちゃんの体を上から下まで、舐めるように見た。ぞわりとした。
「今のは貴様が自分でこぼした水であろう。レイシアに拭かせるのは違うのではないか?」
「誰がこぼしたのかなど、どうでもいい。客が濡れたら、拭いてあげる。それが接客というものだろう」
「おーおー、いるよなぁ。客は神様だから、なにをしてもいいのだとか勘違いするゴミが。こっちにもな、客を選ぶ権利というものがあるのだぞ」
「ほう? いいのか? そんな態度をとって。私は花崎の上司だぞ? こいつは魔王城の立て直しで結果を出し、ツアー部へ戻るために頑張っている。ここで貴様が私を追い出せば、花崎をクビにする。こいつの努力はすべて水の泡だ。すべて、な」