67:心に触れる術

文字数 2,025文字


 昼過ぎ、新宿。
 私は美咲が一人暮らしているアパートにお邪魔して、定期会議までの3日間、ここで資料をまとめることにした。私がしようとしていることは、魔王ちゃんと美咲しか知らない。
 井上先輩には会議で話したいことがあるとだけ伝え、詳細を話していないにもかかわらず、参加の許可を頂けた。
 魔王ちゃんには私が出て行ったことにしてもらって、私がいなくても頑張れるようみんなの意識を高めてもらうのだ。その他、魔王ちゃんには協力をお願いしてある。
 そして、【ファンタジートラベル】との契約破棄を解除させてから、私が戻りネタバラシをする。

「先輩も人が悪いですよぉ。レイシアちゃんたち、きっと今頃悪いことしなあって心痛めてますよぉ」
 美咲は言った。
「それを思うと胸が痛いけどね。でも、これもレイシアたちのためなんだ」
 相談用LINEグループや、匿名で悩み相談・お仕事内容相談のできる掲示板を用意している。直接相談できるお悩み教室も開いたし、作業中にあれこれ質問されることもある。
 聞くことが悪いとは思わない。だけど、時には私がいない時間を作り、みんなの自主性を鍛えるというのも、アリではなかろうか。
 それと、私のためとはいえ追い出そうとしたことへの、ちょっとした仕返しでもあった。



 3日後。【ファンタジートラベル】東京支部ビル7階。
 久々にスーツを着た私は、会議室へ向かう前に広告部のフロアにて井上先輩と合流した。
「よお花崎。結局お前、今日はなにをプレゼンするつもりなんだ?」
 井上先輩は部長用のデスクから腰を上げ、右手を上げた。それから、私の抱えているトートバッグを見る。そこに入っているのはノートパソコンと、ホログラムを投影するプロジェクターだ。
「【ホテル魔王城】を盛り上げるために、契約破棄を撤回させたいんです。それから、私が魔王城で【ファンタジートラベル】社員として働き続けられるように、もっていくつもりです」
「なんだ、お前、広告部に来るつもりはないのか?」
「すみません、井上先輩。広告部への誘いはとてもありがたい話なのですが、私は魔王城でみんなと一緒に、働きたいんです」
 頭を下げる。
「そうか。花崎、俺が前に、魔王城のことを“大規模な家族経営の民宿”と言ったのを覚えているか?」
 顔を上げる。井上先輩の表情は穏やかだ。
 そういえば、左遷を言い渡された日に、言っていたような気がする。
「ええ、まあ」
 私が頷くと、井上先輩は椅子ではなくデスクの上に腰掛け、言った。

「魔王城は魔王とその仲間たちが経営している巨大な民宿だ。民宿にも宿泊施設としての最低限のルールや、運営していくための努力は必要だが、一般的なホテルと違って、その多くは趣味で行われている。だから、魔王城にもそこに住まう者たちの譲れない、変えたくない一線というものがある」
「ありましたね。魔王ちゃんは、みんなと過ごした魔王城としてのイメージがそれだと言っていました。やや抽象的ですが、要は魔界らしさというやつですね」
「そこに、俺は気づいてほしかった。お前が魔王城に受け入れられた時には、ただ施設を効率よく経営するだけではなく、経営する者たちの心にも触れられようになり、なんだかんだでこう、いいカンジに営業力も身につくんじゃないかと思った」
「なんだかんだですか」
 イイコト言っているようで、ちょっと抜けていたりもする。
 そこまた、井上先輩のとっつきやすさなのだと思う。

「まあ、わかるだろ。こう、心を知り心を開かせるすべを磨く、的な」
「はい。なんとなく」
 実際、魔王ちゃんたちの気持ちを知ることでみんなと打ち解け、結果、楽しく働くことは幸せなことだと知った。
 おそらく、美咲はこの“心を知り相手と打ち解ける”、ということができているのだろう。だから、【アクアワールド】であれほど楽しくやれているのだ。【アクアワールド】もアットホームだというし、ある意味ではあそこも、世界そのものが家で、巨大な民宿なのかもしれない。故に、揉め事が起こらず平和に運営できているのだ。
 私にはその視点が足りていなかった。
「そして、お前はその“心に触れるすべ”を学んだ。だから、いいだろうと思ったんだ」
「それって、つまり、井上先輩が魔王城との契約を破棄させようと?」
「違う。魔王城の契約破棄を推し進め、お前を今度こそクビにしようとしたのは近藤だ。そこで俺は、今のお前なら広告部でも十分出世していけると思い、引き入れただけさ」
「先輩……」
 井上先輩が、私の肩に右手を置く。
「だが、お前が魔王城を望むのなら、それはそれでいいさ。やりたいところで働け。どこででも、お前は結果を出せる」
「はい!」
「そのためには上を説得する必要があるわけだが、大丈夫そうか?」
「任せてください!」
「よし。ならば見せてもらおう。花咲宮子のプレゼンを」

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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