44:紅の魔弾

文字数 2,360文字

 さて、4日後。
 20代前半くらいと思われる、男性のユーチューバーがやってきた。それくらいのユーチューバーのファンときくと、女性が多そうなものだが、しかし引き連れてきた十数人のファンもみんな男だった。
「はい皆さんこんにちは~! 【紅の魔弾】で~す! 今回はなななんと! 魔界にある【ホテル魔王城】に来ちゃいました~~!」
 と、カメラ担当者の前でウインクを決めるユーチューバーさん。

「魔界は数ある異世界の中でも、観光人気度は最低ランクでした。しか~~し! それは昔のお話! なななんと今回、魔王城が数々のアトラクションと美味しい料理を用意して生まれ変わったということで! 招待を受けてしまいました~~ぁ!」
 ハイテンションな【紅の魔弾】さん。彼が一通りロビーとホテルのシステムを紹介すると、後から彼らのファンも入ってきて、辺りを見渡し始める。
「すっげええええ! マジで城なの? こんなとこ泊れんの?」
「人気の異世界は物価たけぇからな。この価格で城に泊まれるってのは、なかなかないよな」
 と、第一印象はいい感じ。
 勇者の衣装を選んだ【紅の魔弾】さんはカメラを回しながら、さらに薬湯やカフェについての説明もはじめる。カフェは受付のすぐそばにあるので、撮影しながら、だ。もちろん、撮影は許可済み。
「ようこそおいでくださいました。勇者御一行様」
 と、受付カウンターからやってきて、お辞儀するローパーちゃん。フリルをまとって、はじめての接客をするローパーちゃんは、どことなく緊張しているように見えた。
「うわっ、触手だっ」
「マジかよ」
 というファンたちの声にひやりとしたが
「はい、【紅の魔弾】です。本日はよろしくお願いします~」
 と勇者がお辞儀を返し、他の面々も慌てて頭を下げた。
 それを見て、ローパーちゃんはもう一度お辞儀。礼儀正しいところが伝わったのか、一同のローパーちゃんを前にした表情は緩む。
 そう、これが内面の力だ。

「よく見れば、可愛い」
 ぼそり。
「つか、声とかすっげぇロリボイスじゃなかった?」
 ひそひそ。
「この格好、ゴスロリ系? 触手も可愛くなる時代かぁ。俺、絡みつかれてぇ」
 とかなんとか。みなさん、理解がある方なご様子。
「なんでも、ファンタジー系ゲームが大好きなユーチューバーらしいぜ。ゲーム実況やゲーム内アイテムの創作動画が人気な人たちで、ファンもきっとゲーム好きだ」
 私の頭上で様子を見ていたスライムくんが言った。私も彼らの動画はチェック済みなので、知っている。
「だから理解があるんだね」
 ベストなお客兼宣伝役を手配してくれた井上先輩に、心の中で改めてお礼を言う。


 今回は特別に大浴場の撮影も許可していて、そのどれもが好評だった。
「こんな温泉はじめてだぜ! お湯で漱いだら、歯肉炎も治った!」
「内装もゲームっぽくて、アガるよな」
 とのこと。
 魔王城カフェも大人気。
「メイドさん、すっごく美味しいです!」
 と勇者に喜ばれ、嬉しそうに笑うレイシアも、動画出演。超美少女メイドと紹介され、恥ずかしそうに、だけどやっぱり嬉しそうにしていた。

 食事の後は、ローパーちゃんが新しく始めたマッサージだ。自分の手足(ミニ触手)を活かしたくて、考えていたらしい。だけど、人間に気持ち悪がられないか、悩んでいたのだそうだ。もしかすると、はじめて会った時、私がローパーちゃんを拒否してしまったのも、尾を引いていたのかもしれない。
 だけれど。
「す、すげえええ。大量の触手で、一度に複数箇所をマッサージされるなんて! こんな気持ちいいの、はじめてえええええ」
「ふおおお! 触手ちゃん! 俺をこのまま縛ってください!」
「はいはい、セクハラになるからダメだよ~。すみませんね」
 と笑ってネタにしつつ、ローパーちゃんのことはいじらないという紳士対応の勇者。むしろ、ローパーちゃんのマッサージを褒めまくってくれた。
 どうもローパーちゃんのヌメヌメはマッサージにこそ活きるようで、たくさんの触手でヌルヌルにしつつ的確にツボを押していくマッサージもまた、みんなに大好評だった。


 翌日の昼過ぎ、彼らが満足そうに帰っていくと、後ろからこっそり様子を伺っていたローパークイーンが、なんと私にもわかる言葉で言った。
「ローパーのやつ、はじめはネタにされているかと思ったが、案外楽しそうだった」
 どうやら、最初は私を信用していないから、違う言葉を喋っていたようだ。
「あのフリルはね、きっかけなんだよ。おしゃれって、結局きっかけにすぎないんだ。本当の可愛さは内面にある。だから、きっかけを与えローパーちゃんと接してもらえれば、きっとみんなローパーちゃんの可愛さをわかってくれる。そう思ったんだ」
「おしゃれはきっかけ、可愛さは内面、か」
 ツイッターを開くと、スライムくんが【紅の魔弾】さんのツイートをリツイートしていた。【紅の魔弾】さんとローパーちゃんが一緒に写っている写真だ。

 とってもおしゃれで可愛い魔族さんです。彼女の触手マッサージはとても気持ちよかったです。(健全ですよ)

 そんな文と一緒にツイートされている。
 リプには、ローパーちゃんのフリルやリボンが可愛い、私もマッサージされたいな、というものもあって。
 私がそれをクイーンに見せると、
「私でも、あんな風に可愛くなれるのだろうか?」
 クイーンが言った。
 だから、私は微笑む。
「なれるよ、きっと」
 その後私がクイーンにおしゃれをレクチャーすると、彼女はお礼と言って、大浴場に森林エリアを創ってくれた。木々と草が生えた、室内なのに自然に囲まれた湯につかれるエリアだった。

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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