62:私をクビにしたければすればいい

文字数 1,598文字


「……」
 魔王ちゃんが私を見た。
「それに、貴様はこれまで散々、酷いサービスをしてきたそうじゃないか。そんな貴様が今更正論を吐いたところで、誰が信じるのか。貴様と私では、信用度が違うのだ。つまり、貴様が何をしようが、会社も世間も俺の味方をする」
「……そうか。そうだな。酷いサービスをしてきたのは事実。そんな魔王城を、宮子は立て直してくれた。お前が元いた部署へ戻るべく頑張っているのなら、ボクにはそれを妨げる資格はない」
 魔王ちゃんは諦めたように、笑った。
「魔王……ちゃん」
 私の胸が、ちくりと痛む。
 魔王ちゃんにこんな表情をさせるために、私はここにいるのではない。
「ようやく理解したようだな。この際、お前でもいい。拭け」
 と、近藤が下半身を指差した。
「……わかった」
 頷く魔王ちゃん。

 バチン!
 私は近藤をビンタした。
「なっ、おまっ」
 魔王ちゃんが驚いて、私を見る。
 近藤も驚いて、私を見る。
 レイシアはおろおろしていた。
「私をクビにしたければすればいい! 私はなんて言われてもいい! だけど、大切な仲間たちに酷いことをするのだけは許さない!」
「ほ、本当にクビにするぞっ」
 近藤が私を指さした。
「その時は魔王ちゃんに雇ってもらうから」
 近藤をにらみつける。

「もっとも、クビを飛ぶのはお前だと思うぜ」
 と、そこに現れたのはスライムくん。スライムくんは器用にスマホを持ちながら、ぴょんとテーブルに乗った。
「すべて、撮影していたんだぜ」
 と、ホログラム動画を出力させる。近藤がわざと水をこぼしたところから、威張りくさるところまで、すべて撮影されていた。
 さすがスライムくんだ。
「お前たちの会社の連中が魔王様よりお前を信じようが、こっちにゃ証拠がある。こいつをネットにあげたら、会社はお前の方を切らざるをえなくなる」
「ぬぐっ」
 近藤が歯噛みした。
 やはり、科学は凄い。ある意味、魔法より強力だ。
「安心しろよ。お前がおとなしく引き下がるってんなら、アップはしねぇ。余計な敵は作りたくねぇからな。どうするよ?」
「と、いうわけです。お代は結構なので、お引取り願えますか、先輩?」
 私はここぞとばかりに、自分のグラスに入った水も、近藤の頭にひっかけてやった。
「お、お前……絶対後悔することになるぞ」
「後悔するのは貴様だ。とっとと消えないと、この魔王様が魔界最高級の魔法をくらわせてやる」
 魔王ちゃんも便乗して、最初に会った時のような、芝居がかった、悪そうな笑みを浮かべる。
「くっ」
 近藤は慌てて立ち上がると、逃げるように駆け出していった。
 ざまぁ。

「スライムくん、ありがとう。魔王ちゃんとレイシアには、ごめん。迷惑かけた」
 私が頭を下げると、
「なにを言うか。むしろ、嬉しかったぞ。仲間と呼んでくれたのが」
「レイシアも。宮子さん、かっこよかった」
 魔王ちゃんとレイシアが言ってくれた。
「まあ、アレだ。本当にクビになったら、ウチに永久就職すればいい」
 と、魔王ちゃん。
「うん。そうだね。その時はよろしく」
 私は微笑んだ。
 
 とはいえ、できればクビにはなりたくない。勢いで啖呵を切ってしまったが、実際のところヤバイんじゃないだろうか。
 と、数日間怯えていたが。
 その後悪評レビューが書かれるも、またまたやってきてくれたユーチューバー【紅の魔弾】さんによるバルーンレビュー動画によって、客が増えた。作成し販売したコラボグッズも売れたし、ルカ姉のオネエキャラは“なぜあんなに悩んでいたのだろう”というほどウケた。
 あっという間に高評価レビューが増加し、近藤が書いたと思われる悪評は、埋もれて見えなくなった。
 そんなわけで、私は何事もなく事態は終息したのだと思っていたが。
 本当の事件はこれからだった。

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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