09:データを集めよう

文字数 2,243文字

「はあ」
 魔王ちゃんがため息をついた。
 湯水のごとく溢れ出たはずの私の不満は、一瞬で止まった。
「ま~~たソレか。あーあー、バスに可愛いランプだと? それのどこに魔王城らしさがあるというのだ。魔界らしさがあるというのだ」
「だから、らしさの前に基本がなってないって話を――」
「帰れ!」
 魔王ちゃんが私を睨んだ。

「はあ? いきなりなに? 意味わかんないだけど!」
「うるさいうるさい! 貴様と仕事をする気にはなれんのだ! 消えろ!」
 魔王ちゃんはしっしっ、と追い払うように手を振るう。
 カチンときた。

「そうやって問題から目を背けるのはよくないと思うな。私、間違ったこと言ってないと思うけど?」
「話の通じん女だな。間違ってなければ、それでよいのか?」
 魔王ちゃんは冷ややかな目をして、言った。
 話が通じないのはどっちだよ。
「間違ってるよりは、全然いいでしょ」
 少なくとも、触手に襲わせたり、不気味な山を歩かせたりするよりはいいと思う。
「お前はなにか勘違いをしているようだな。確かに魔王城はホテルを名乗っているが、ここはボクたちの家であり、みんなは家族なんだ」
「だからなに?」
 仕事場に住み込む者も、社員を家族と考え接することも、別に珍しいというほどではない。それを持ち出されても、で? という感想しか出てこない。
「わからんやつだな」
 魔王ちゃんは私を睨み、話は終わりだといいたげに踵を返した。
 なにをそんなに怒っているんだか、意味がわからない。
「すみません。では、グロい私もこれで」
 ローパーちゃんも一礼して、魔王ちゃんの後を追う。
 あっ、と思った。

 私はついうっかり、本人の前でグロテスクなんて言葉を口にしていたようだ。これに関しては、私のミスだ。失礼極まりない発言だった。
「ご、ごめんローパーちゃん! グロいなんて言って!」
 慌てて追いかけると、ローパーちゃんは振り返って、言った。
「いいんです。事実ですから」
 目と口はないけど、自分を下げるように笑った、ような気がした。
 見た目はこんなだけど、ローパーちゃんはわりと繊細な魔族なのかもしれない。
 考えてみれば、先に失礼なことをしてきたのはローパーちゃんの方だ。しかしながら、それはそれ。自分のミスはちゃんと認める。それが出来ない人間は、最低だ。
「本当に、ごめん。悪気はなかったんだ。なんて言っても、許されないかもしれないけど」
「……悪気がないのは、わかりました。けれど、とにかく、今日のところはお引取りください」
 と、ローパーちゃん。

 いずれにしても、ここで引き下がる訳にはいかない。出世ロードへの復帰がかかっているのだ。
 魔王ちゃんやローパーちゃんのしたことは腹立たしいが、私も魔王ちゃんがダメな奴だと決めつけて、失礼な態度を取っていたかもしれない。
 一度リセットして、話し合いからはじめたい。そうするべきだ。
「ま、待って! 私は住み込みで働くことになってるし、帰れって言われても困る。まず、お互い理解し合うところから、やり直そう?」
「……そうですね。私にも、いきなり襲いかかった非はあります。不快にさせたのなら、誤ります。お詫びというのもヘンですが、レイシアさんに空き部屋を用意させましょう。その後のことは、その後に話す――というのはいかがでしょう?」
 良かった。ローパーちゃんには、話が通じる。
「ありがとうローパーちゃん! それでお願いします!」
 握手をしようと思ったけど、どれが手なのかわからない。突き出したまま停止した手を、ローパーちゃんは細い触手できゅっと握った。ヌメヌメしたけど、気にしちゃいけない。
 ところで、レイシアさんとは誰だろう。

「掃除に少し時間がかかると思うので、夕方過ぎに、もう一度来てもらえますか?」
「わかった。でも、その前に一つだけ聞いてもいいかな?」
「なんです?」
「ローパーちゃんは、実際のところどう思ってるの? その、魔王ちゃんのやり方について……」
 部屋を用意してくれるということは、牢獄に泊まらせるのはおかしい、と思っているからであろう。おかしいと思いながらも実行したのは、魔王ちゃんの命令だから。ともすれば、心のうちでは魔王ちゃんのやり方を良く思っていない可能性はある。
「いいやり方ではないのでしょうね。けれど、私の上司は魔王様なので」
 しかし、ローパーちゃんは廊下を出ていった。
 吸血鬼のお姉さんは、魔王ちゃんが魔族には優しいと言っていた。ローパーちゃんは、魔王ちゃんのやることに疑問を抱きつつも、魔王ちゃんのことは支持している、という複雑な立場なのかもしれない。

 となると、ローパーちゃんを味方にすることはできない。しかし、彼女は敵ではない。
 つまり、結局のところ魔王ちゃんを説得するしかないというわけだ。
 では、どう説得するか。
 思うに、魔王ちゃんはどういう宿泊施設なら人間にウケるのか、わかっていないのだろう。本人は良かれと思ってサービスをしている以上、理解してくれれば考えを改める可能性はある。
 ならば、効果的なのは疑いようのないデータだ。データは嘘をつかない。どんな魔法よりも、効果的だ。
 他異世界の宿へ赴き、具体的な接客シーンを撮影して、それがいかに効果的なのか、データにまとめるのだ。それがいい。
「またあの山道を往復するのはしんどいけど、やりますか」

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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