14:楽しかった頃の魔王城
文字数 1,547文字
「思ったことがあるなら、言っていいよ。怒らないし」
たとえ魔王ちゃんみたいに批判してこようとも、怒らない。レイシアには話が通じそうだから、もし批判されたら、なぜそう思うのかきちんと訊ねて、それなら相互理解を深めよう。魔王ちゃんに対しても、そうするべきだったのだろうけれど、あそこまで敵意をむき出しにされると、それも難しい。
レイシアは私の顔を見上げて、私が微笑むと少しだけ安心したのか、だけど視線は私の胸あたりに戻して、言った。
「……あの、魔王様は、ここのお城で何百年も生活しているんです」
何百年。
魔族なのだから、幼女に見えてもそのくらい生きているのだろう。ということは、レイシアも?
「今はどこかへ出かけてしまっているご両親と、その……今より多くの臣下と一緒に、ずっと暮らしていたんです。魔王様は、その頃の魔王城の空気が、魔王城らしさが、好きなんだと思います」
「気持ちはわかるけど、だからってそれを客に押し付けても、ダメだと思うよ?」
「……は、はい。……あの、ですけど、その……可愛い花を植えたり、とか、その、あんまり魔王城らしくないことは、魔界の魔王城である意味がなくなるというか……」
レイシアはちらちらと私の顔色を伺った。
続けて?
と、私は微笑む。
「魔王城をホテルにした後も、当初は人が来ていて。その頃は屋台とかあって、今よりも華やかで、魔王様も笑顔で。だけど、次第に客が減り……ご両親がほかの世界を調査に行くと出ていったあとは……魔王様、寂しそうで」
吸血鬼のお姉さんが、魔王ちゃんが笑わない、と言ったのはそういう意味だったのか。思えば私に見せた笑みは、演技臭かった。
「けれど、両親は10年間、手紙を送るだけで戻っては来ないんです。魔族にとっての10年は、たいした時間ではないから、だと思います。でも、売上は下がる一方で。だから魔王様、このままじゃいけないって、やり方を変えて。そしたらもっと客が減って……。魔王様の心からの笑顔は、長い間見ていないんです」
「長い間って、レイシアはずっと前からここで働いているの?」
レイシアが頷いた。
「レイシアは、元人間なんです。大戦時代、戦に巻き込まれ亡くなって、魔王様に蘇生されたゾンビなんです。本当は誰も傷つけたくない。そんな風に思っている方だから、レイシアを魔族として生き返らせてくれたんだと思います」
「そっか。大戦のことはよくわからないけど、魔王ちゃんは戦いを止めたがっていたんだね?」
レイシアがまた頷く。
「とにかく、魔王様は、みんなと楽しく過ごしていた頃の魔王城のイメージを崩したくないんだと思います。だから、屋台を出すのはいいんです。けど、変えすぎるのはダメなんです。【アクアワールド】と【魔界】では、その、イメージがちがうというか」
明るい空。潮の匂いがする風。海鮮料理。全体的に爽やかなイメージのある【アクアワールド】。
対して、【魔界】はいつでも真っ暗で、不気味。そこがいけないのだと思うけど、【魔界】はそういうところなのだ。そんな【魔界】を、魔王ちゃんは愛している。
こういうことだろうか。
「それと、ご両親が出ていったことで、きっとほかの異世界にもいい印象がないんだと思います。だから、ほかの異世界を引き合いに出すのは……」
そこまで口にして、レイシアはハッなった。
「あっ、すみません、その。別に、宮子さんの意見を否定したいわけでは……ないんだけど。ただ、このお城は魔王様にとって、思い出が詰まったおウチで、レイシアたちは家族みたいなものだから……」
いつの間にか敬語に戻っていたレイシアは、再びフレンドリーな口調になって、だけど申し訳無そうにうなだれた。