37:雪原エリア

文字数 1,250文字

「それじゃ魔王ちゃん、お願いできないかな」
「いいだろう。どの湯をどの浴槽に転移させるのか、決めておけ。新しい湯の転送と、浸かり終えた湯の転送はしてやるさ」
 てっきりお断りされると思っていたので、驚いた。
「どうしたの魔王ちゃん? やけに協力的だけど」
「ボクにも、許可をした手前、城の主としての責任があるからな。だが意見はしない。デザインとやらはお前たちで決めろ。うまくいかなくてもボクの責任ではないし、一ヶ月経っても結果が現れないときは、ボクは降りる」
 素直ではない魔王だ。一ヶ月もチャンスをくれるということではないか。
「わかった。必ず結果を出すよ。ありがとう、魔王ちゃん」
「ふん。水魔法でいちいち湯を往復させるなんて無駄な仕事、させてしまっては担当の者がかわいそうだからな。別に貴様の腕を認めたわけではない。勘違いはしないことだな」
 とそっぽを向く。長い言い訳であった。
 素直ではないが、やはり魔王ちゃんは優しい。そのことを、再認識した。

「浴槽のデザインだけど、ミーサさん。素材さえあれば、オーナメントの時みたいに、大きいものでも作れるかな?」
「木や石の浴槽とかなら作れるッスよ。溶けない氷の浴槽とか、特殊なのは無理ッスけど」
「溶けない氷? そんな魔法を使える人がいるの?」
 ちらり、魔王ちゃんを見る。
「言っておくが、ボクがやるのは転送魔法までだ。それ以上のことはやらん。もっとも、氷魔法に関しては、ボクよりセルシウスキャットの方が得意だがな」
 セルシウスキャット。知らない名前が出てきた。スライムくんのまとめてくれたリストには、載っていなかった魔族だ。
「そのセルシウスキャットさんは、魔王城を出て行った魔族さん?」
「出て行かれたわけではないです。寒いところを好む方なので、雪原エリアで暮らしているのです」
 ローパーちゃんが言った。
 雪原エリア。RPGでいうなら、終盤に出てきそうなところだ。私の知らない場所は、本当にまだまだたくさんあるらしい。

「その人なら、溶けない氷もつくれるの?」
「できます」
 とローパーちゃん。
「じゃあじゃあ、溶けない氷の魔法を使えば、氷の浴槽に湯を張ることも可能なのかな?」
「可能です。大浴場に氷の柱をたくさん生やして、部分的に雪原エリアを再現することもできると思います。魔法の氷なので、冷たすぎる、滑る、という欠点も改善できます」
 氷の良い部分だけを出す魔法、ということだろうか。
 便利すぎる。それに
「雪原エリアの再現……か。大浴場内に、いろいろなエリアがあったら、面白いかもしれないね」
 これこそ、日本では観られない温泉の形である。
「そんなら、セルシーの説得だな」
 とスライムくん。

「セルシーちゃんのおうちなら、レイシアが知ってる。行くなら、案内する」
 人見知りするけれど、意外に友達が多いレイシアが右手を挙げた。
「お願いするね、レイシア」
「私も行きましょう」
 ローパーちゃんも立ち上がる。

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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