39:おしゃれはきっかけ、内面が大事
文字数 1,838文字
そんなこんなでセルシウスキャットに黄色い実を届け、彼女と共に魔王城へ帰還すると、時はすでに夜だった。空の色に変化がないので、スマホの時計にて確認したのだ。
「衣装を作ってもらった時に、余った布を回収してあるんだ。ローパーちゃん、私の部屋に来てよ」
「いえ、私はおしゃれなんて……」
「もうっ、まだそんなこと言うの? ローパーちゃんはクイーンさんを笑顔にさせたいんでしょ? こうするのが一番の近道なんだからさ」
「で。ですが」
「ローパーちゃんだって、変わりたいでしょ? なら、動かなきゃ。大丈夫。私を信じて?」
「はあ……」
私は消極的なローパーちゃんを部屋に連れ込み、フリルで可愛く着飾った。具体的にいえば、ピンクや白のリボンをつけたり、ふりふりのシュシュをつけたり、といったところ。
ローパーちゃん自身が薄い赤色なので、甘ロリ路線のコーデはよく似合った。もちろん見た目は肉肉しい触手だ。けど、考えてみれば肌(?)はすべすべだし、体型もスリム。体の形状に見合ったおしゃれをさせれば、可愛くなるにきまっている。人間だって、化粧なし服なしでは限界があるわけだし。
「どうかな?」
そんなわけで、姿見の前に立つローパーちゃん。
「無理がありませんか?」
「私は可愛いと思うけど」
「けど、触手です」
「ローパーちゃん。美人だとされている人でもね、性格が悪いと結婚は出来なかったりするの。逆に、ブサイクだと言われている人でも、モテる場合もある。それってね、中身だと思うんだ。見た目も大事だよ? だけど、一番大事なのは中身だと思う。つまり、見た目は、おしゃれは、きっかけだと思うんだ」
「きっかけ、ですか?」
「だって、今私はローパーちゃんと普通に接してる。レイシアも、魔王ちゃんも。それはローパーちゃんの人柄、魔族柄? とにかく、そういうやつの結果だと思うの」
ローパーちゃんは言うなら性格美人だ。真面目で礼儀正しく、みんなからも信頼されている。ローパーちゃんを知ってしまえば、嫌いになる理由はぐーんと減る。あとはどう知ってもらうか。重要なのはここ。
どんなに綺麗事を並べても、人は第一印象からその者の多くを判断してしまう。そこで、フリルなのだ。
「内面が大事、ということですか?」
「そういうこと。そのフリルは、あくまできっかけ。ローパーちゃんは怖くて悪い触手じゃないよ、普通のおしゃれを楽しむ女の子なんだよ、と思ってもらうためのきっかけ。あとは、清潔感を与えたりとか?」
触手という時点で不気味に感じる人もいるだろう。しかし、ここは魔界だ。地球に触手が現れるのと、魔界の魔王城に触手がいるのとでは、意味合いが違う。
そして、普通の触手とおしゃれする触手とでも、感じ方は違う。とにかく接しやすくイメージよくすれば、あとは関わっていく中で、ローパーちゃんを可愛く思わせればいい。
つまり、接客態度とか、会話とか……。
「……きっかけ」
と、ローパーちゃんは反芻する。
「これはね、ローパーちゃんが変わるためのきっかけでもあるの。もっと自分に自信、持って?」
「……宮子さんは、どうしてそんなに良くしてくれるのですか? 仕事とは関係ないことじゃないですか」
「ええ、今それ聞く?」
ローパーちゃんはじっと私を見つめる。目の場所はわからないけど、見つめられているのはわかる。
「関係あるよ。働いているみんなが笑顔になれる職場にしたい。私はそう考え直したんだから。ローパーちゃんにも、ローパークイーンさんにも、笑っていてほしい」
「それは、ここで働く自分のためですか?」
「そうだね。私のためかもしれない」
【ホテル魔王城】を成功させ、ツアー部に戻る。そのためにサービス内容や職場の空気を改善させる。私が頑張る一番の理由は、それだ。
しかし。
「ううん。でも、それだけじゃない。ローパーちゃんは大切な仲間だから。仲間には、楽しく笑っていてほしいよ」
そう思うのも、結局は自分のためなのかもしれないけど。
「そう、ですか。わかりました。私を想ってくれる友人のためにも、私、もっと自信をつけるようにがんばります」
「うんうん。ついでにさ、ローパーちゃんもやりたいことがあったら、言ってよ。可能な限り、手を貸すからさ」
ローパーちゃんはしばらく鏡を見つめて、やがて決心したのか、振り返った。
「それなら……宮子さん。私、やってみたいことがあるんです」