34:魔界の春は肌寒い

文字数 1,500文字

 魔界の春は肌寒い。太陽が出ないからだ。おかげで昼と夜の温度差というものはあまりないけれど、寒い日は一日中寒いので困る。今日は飛び去った冬が忘れ物でも取りに来たのかと思うほど、冷え込んでいた。
 ローパーちゃんが魔力で動く暖房を起動してくれたので(魔力のない私の部屋には設置せず)、食堂で魔力エアコンの温風に当たっていると、気づけば時刻は昼過ぎ。お腹がすいたので、なにかないだろうかと調理場の冷蔵庫を漁る。すると、ローパーちゃんがやってきて、言った。

「天気もいいので、ウォーキングにでもいこうと思うのですが」
「うん、いってらっしゃい」
「宮子さんも行きませんか?」
「行かない。私、寒いのは苦手なんだよね。今日はもう動きたくない」
 冷蔵庫にはレイシアが作ったパスタの残りがあったので、レンジに入れる。地球の食材と魔界の食材を融合させたい――そんなレイシアの自主的なお願いに魔王ちゃんが折れたため、実現したジェノベーゼパスタだ。
 上に乗っている赤い目玉焼きが、魔界食材。料理名は、【火炎魔法をうけた魔界の山パスタ】。ちょい辛めで、大火事である。
 ちなみにだが、私は別に仕事をサボっているわけではない。今日は日曜日なので、おやすみなのだ。ので、ここにはレイシアもいない。朝から出かけているらしい。
 しかしローパーちゃんは続けた。

「お休みだからといって、だらだらしすぎるのはよくないですよ。まだ魔界には、宮子さんの知らないところがたくさんあるのですから、散歩でもどうです?」
「動かなくていい日くらいは、動かないでいたい」
「時には遠回りをすることで、得られるものもあるのですよ? 散歩は発見の連続です」
「いいよ、寒いし」
 どうせ城の周りには山しかないし、どこへ行っても同じだ。遠回りとは必要に駆られて仕方なくするものなのであって、意味のない遠回りは疲れるだけの無駄な遠征である。それに、魔界の写真はスライムくんがアップしてくれているし、私が外に行かなくても、風景を知ることはできる。スライムくんにマジ感謝。
「……そうですか」
 ローパーちゃんが残念そうに去っていくと、少し悪いことしたかな、という気になってくる。だからといって、外へ出かける気にはなれない。寒いのは苦手だ。
 温かいパスタを食べていると、今度はレイシアがやってきた。

「ああ、いたいた。探したよ……宮子さん」
「ん? なに? 今日私はオフなんだけど」
「……え? あ、ごめんなさい」
 レイシアが心底申し訳なさそうに頭を下げるので、さすがに態度を改める。
「ううん。いいよ。なに?」
 フォークを置いて、聞く意思を見せた。
「……その、見せたいところがあって」
 魔王城をツイッターで宣伝し始めて4日。未だ美咲以外の客はやってこないので、今日はもうエアコンの下から動かないぞ! と決めていた。
「見せたい“ところ”? それって、ものじゃなくて、場所なの?」
「城の、裏側」
「裏側……?」
 レイシアは頷く。
「来て、くれませんか?」
 今日はもうエアコンの下から動かないぞ! と決めていたのだが――レイシアに上目遣いで頼まれると、断りにくかった。
 仕方ない、彼女のためだ。それに山の裏側には行ったことがないし、ローパーちゃんが言っていたように、探索ついでに少しは体を動かすのもアリかもしれない。そう自分に言い聞かせて、重い腰を上げようではないか。
「……あ。でも、興が乗らないのなら、べつに」
「ううん、行くよ。暇だし」
 というわけで、大急ぎでパスタを腹に収め、立ち上がる。


 結果、来て正解だった。
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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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