04:大戦後はフィギュアの原型師になりたかった
文字数 2,100文字
「魔法でつくったッスよ。素材をこねたりカットしたり、そういう魔法が得意ッス」
いろいろな魔法があるものだ。【ファンタジートラベル】に入社して4年目にもなるが、まだまだ知らないことは多い。
「これを売ったりしているんですか?」
「ネットで少々ッスね。あたしも大戦時代は魔王軍の魔術師だったッスけど、今じゃこのとーりッスよ。まあ、フィギュアもあんま売れてないッスけど。だから、原型師は諦めたッスね」
と、自嘲するように笑うお姉さん。
100年前まで、魔界は地球ではないどこぞの人間界と戦争をしていたらしい。魔族と人間が和解して50年後、異世界管理局が現れ魔界を観光地に登録したという。その後何十年かの間は、そこそこ観光客が訪れていた、と資料にはあった。
けれど、先代の魔王夫妻が人間界の調査と称して魔界を後にし、娘が次期魔王についてから、人気はみるみる低下した。それが10年から5年ほど前のこと。いまでは5年連続で最低人気の観光地だ。
なんでも、今の魔王は勘違いしたサービスで客を怒らせているのだとか。
それをどうにかするのが私の仕事だけれど、上司連中は期待していない。なぜなら、すでに多くの魔族は魔界に見切りをつけ、別の異世界へ出ていったから。つまり、今の魔界は抜け殻のような場所なのだ。資料にはそうある。
「あの、ここの魔王さんって、なんか評判良くないって聞いたんですけど」
一応、現地の声も聞いておこう。
お姉さんはフィギュアとスマホをカウンターに置いて、ふっくらした唇に人差し指を当てた。
「あ~……魔族以外にはそうかもしれないッスねぇ」
「魔族以外には? まさか、他種族差別ですか?」
「いやいや。そんなことしたら、管理局が黙っちゃいないッスよ。ただ、家族想いなんスよ」
「家族……?」
「魔王様はあたしらに優しくて、命を救われた者も多いッス。そんな魔王様があたしらは大好きなんスよ。だから、最近はあまり笑わなくなったのが気になっているッス」
「笑わなく……?」
「……ちょっと話しすぎたッスね」
お姉さんは頭をかいて、それから
「嬢ちゃん、観光ッスか? 悪いことは言わないッスよ。人間なら、魔王城はやめておいた方がいいッス」
と忠告をしてくれた。現地の人に言われたのだし、帰って録りためた映画でも観ようか。とはできないのが社畜の辛いところ。左遷されたとはいえ、仕事は仕事。サボればツアー部へ復帰どころか、今度こそクビが飛ぶ。
「それが、そうもいかないんですよ。実は私、その管理局側の人間でして。旅行会社の社員なんです。今日から魔王城勤務ということになっているんですよ」
「ありゃ~。そりゃぁ大変ッスねぇ」
お姉さんは同情するように言うと、カウンターに置いてあった紙パックを手に取る。ストローの刺さったパックには、「血液」と書いてあった。どうやら彼女は吸血鬼らしい。
今の時代、他種族を襲うことは異世界管理局により重い犯罪と定められている。
異世界管理局は、異世界同士の交流を目的として設立された機関だ。管理局に加盟した世界は、ゲートを設置し自由に他の異世界と行き来したり、他世界の客を相手に商売をすることができる。
加盟条件は、大きく分けて3つ。
①大きな戦争をしていないこと
②他種族への差別、暴行を働かないこと
③以上のルールを破ったものは、罰を受けること
罰の中身は破ったルールの内容によるが、罰金や懲役など、様々なケースが存在している。要は、人間や魔族、獣人、エルフ、宇宙人、エトセトラ。み~んな仲良くしないと、ゲートは使わせないよ、ということだ。
異世界管理局はゲートを管理し、他種族同士の揉め事に対応する【異世界裁判所】や、もっと気軽に異世界を旅行できるようサポートする【異世界旅行提供会社】なども運営している。つまり、【ファンタジートラベル】とは管理局下の会社の地球・東京支部ということだ。
そんな事情があるので、いかに吸血鬼であろうとも、同意をなしに血を吸うことは許されない。同意があっても他種族の未成年を吸うことは吸血罪になるし、同意があったとしても、後から「あれは無理やりだった」と主張され裁判沙汰になるケースも存在する。
だから、近頃の吸血鬼は市販されている血液パックを摂取するのだ。鮮度は落ちるが、揉め事を回避できるのが一番なのだとか。そう、研修時代に習った。吸血鬼を見るのは初めてなので、今の今まで忘れていた知識だ。
「……とか、どうでもいいこと考えてる場合じゃないよね」
現実逃避をしても、山はなくならない。どうやら私には登る以外の選択肢が用意されていないようだ。
「そういうことなんで、行きますね。ありがとうございました」
会釈して案内所を出ようとすると、お姉さんが言った。
「管理局の嬢ちゃん。魔王城に行くんなら、階段を真っ直ぐッスよ。管理局なら尚更、諦めて帰った方がいいとは思うッスけどね」
道の舗装はされているらしい。腐っても観光地なのだ。そのくらいは当然か。