49:魔王城の排水口事情 ※1/28大幅修正

文字数 3,029文字

「な、なにこれ……?」
「昨日、サイクロプスの二人が喧嘩したみたいで」
 サイクロプスとは、魔王城に二人だけ所属している一つ目の巨人だ。大道具を運ぶような力仕事を担当していて、それ以外の時は、どこか別のエリアをパトロールして回っている。
「喧嘩の理由は?」
「人間界の目玉焼きには、ソースか醤油かで揉めたそうです」
「くだらなすぎでしょ」
「結局、めんつゆに落ち着いて仲直りしたそうです」
「あっ、そうですか」
 確かに、めんつゆは目玉焼きに合う。サラダにも合う。意外と万能なソースなのだ。

「それで今朝、二人が壁を殴ってしまったことに関して、謝罪に来てました」
「わかった。じゃあミーサさんに修理を手配しておくよ」
 出来れば掃除を始める前に言ってほしかったけど。
「よろしくお願いします」
 とメイドさんが去って行く。
 さて持ち場に戻ろうかと思えば、別のメイドさんが来る。

「隊長! 大変であります! 排水口にトレントさんの葉っぱが詰まっているであります!」
 トレントとは、木の形をした魔族だ。普段は山の中に住んでいて、入浴という文化を持たない魔族だが、大浴場を改造してからは、なにが気に入ったのか時々やってきては入浴していく。そして、その度に排水口を抜けた葉で詰まらせる。彼だけ差別するわけにはいかないので、そのことに関して責めるつもりはない。奥まで詰まった葉の排除には、細い触手を持つローパー隊が担当することになっていた。
「ローパーちゃん呼んでくるよ」
「こう頻繁につまるくらいなら、排水口のサイズ、大きくした方がいいのではありませんか?」
「う~ん。そうだなぁ」
 創作魔法の得意なミーサさんでも、工事はさすがに専門外だろう。すでに出来ている床を削り、新しく排水口に付け替えるわけだから、大規模な手入れが必要になる。予算がかかるけれど、異世界水道工事業者を手配するしかないだろう。魔王ちゃんにお願いしよう。

「とりあえず、電話しておくかな」
 ローパーちゃんと工事業者に電話して、仕事をお願いする。ミーサさんには、あとで直接話をしよう。
 それから一階に戻ると、スクール水着に着替えた魔王ちゃんが、今度は丁寧に床を磨いていた。
「大変だな」
 私があれこれ相談されるのはいつものことなので、察したらしい。魔王城サイトには従業員にだけパスを教えた鍵付き掲示板で、匿名の質問や悩み相談ができるようにしてある。LINEでは質問・相談用のグループも作っている。どちらの対応も、私の役目だ。

 たとえば鳥タイプの魔族から
『羽を染めたんだけど、どうですか?』
 仕事とは関係ない相談をしてくれるのは、信頼されている証だ。似合っていると答えた。
 赤い体をしたスライムからは、
『体を青く染めるのはどう思います?』
 スライムくんとの見分けがつかなくなるし、体を染めるのは健康に悪そうなので、やめておいたほうがいいとコメントした。
 だが、この程度はたいした労力ではない。
「魔王ちゃんだって、みんなに誕生日プレゼント配ったり、いろいろしているんでしょ? それに、ローパーちゃんから聞いたよ。法律の見直し、税の見直し、予算の振り分けとか、なんか政治もちゃんとやっているんだってね」
 魔王とは王なのだし、魔界にだって魔王城以外のエリアもあるのだ。魔界中の魔族が平和に、安心して暮らせるようやるべきことはあるのだろう。そのうえで魔王城をホテル化し、宿泊施設の経営まで行っていたのだ。よくよく考えてみると、かなりの重労働なのではなかろうか。
 しかし、魔王ちゃんは言う。

「政治というほどのものではない。魔界は小さな世界だ。村は少ないし、山や雪原に住むような者は、基本的に自給自足だ。まあ、ウチも食材の大半は自給自足だが――ともかく、そんなわけだから、住民税はとっていないし、税というのは働いている者に対してかける、軽い資金の回収程度だ。もちろん、その分手当も充実させている。かといって、法なんてそうそう変えることはないし、他にやることと言えば、回収した金をどう使うか決める程度のものだな」
「どう使ってるの?」
「学校の施設を増やしたり、みんなに料理を振る舞ったり、だ。もともと、魔王城をホテル化したのも人間たちに金を払わせ、民たちのために使う予算を増やすためだった。さらにいえば、その金で魔王城を改築するためでもある。城はホテルだが、魔界の魔族たちには開放している。みんな、自由に風呂を使っているだろう?」
「魔界の良さを知ってもらうため、じゃなかったんだ」
「もちろん自分たちの好きな魔界や魔王城の良さを知ってもらいたい、という意味合いもあったが、一番の理由は自分たちのためだ。だから、最初に他の世界の話をするお前に、その……腹が立ったのだ。けど、お前が来てからは、来てくれる客を楽しませたい、という思いも強くなったがな」
「そっか」
 これもまた、魔王ちゃんが好かれている理由なのだろう。
 自分たちのためとは言うが、この“自分たち”とは“王である自分と周辺の者”ではなく、“魔界に住む者全員”という意味だ。まあそのわりには、魔王城は随分と趣味に走った設計になっているけれど、基本的に誰でも入れるし、みんなで使う魔王城なのだから、趣味に走るのも行き過ぎなければ、OKである。
 そのことを、当初の私はわかっていなかった。つまり、魔王城は家族(魔界の魔族たち)経営している民宿の巨大版――だということを。

「あれ? でも、みんなのためのホテル営業なら、そのためとはいえ、10年も魔界を留守にしている両親は、なんか変じゃない?」
「……変?」
「みんなとか家族とかいうのは、当然魔王ちゃんの両親だって含まれるはずでしょ? なのに、ずっと外に出払っていて……」
「まあ、そこはボクを信頼して、魔界はお前がいれば大丈夫だ! 的なやつだろう。二人はボクと違い、外の世界に興味津々でもあった。つまり、好きで旅をしているのだろう」
「寂しくはないの?」
「……まったく寂しくないわけではない。だから、外の世界に嫉妬していた――という部分もなくはない。だが、いっても10年だ。ボクたち魔族にとっては、短い時間さ」
「そっか。でも、寂しくなったら私がぎゅってしてあげるね」
「お前、さらりと恥ずかしいことを言うなぁ」
 魔王ちゃんがジト目になった。
 嫉妬していた――と魔王ちゃんは言った。認め、その上で、それを過去にことだと言ったのだ。今の魔王ちゃんはそれで納得しているようだし、これ以上私がとやかく口を挟むことではない。

「あ、そうそう。トレントさんが排水口をよく詰まらせる件でさ、抜けた葉をある程度ためておけるよう、排水口の工事を行おうと思うんだ。業者を手配したから、お金の方、なんとかなるかな?」
「構わんぞ。だが、いっそのことトレント用の風呂を創った方がいいんじゃないか?」
「それも考えたけど、特別扱いは逆差別かなって。どうだろう?」
「うーむ……本人に聞いてみるのがいいだろう。もちろん、抜け葉問題のことには触れずに、だ」
 そこに触れると、トレントさんを責めているようになるからだ。
 家族に気を使うのも、大黒柱たる魔王ちゃんの役目だった。
「そこはボクがやっておこう」
「ん。ありがと」
「ああ」
 魔王ちゃんが親指をたてた。



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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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