07:ヌメヌメ

文字数 938文字


「ちょっ、なにするの!」
 幸いにもスカートをはいていないので、逆さまにされて見られるものはないけれど、だからといって逆さまにされて怒らない人間などいない。魔族の場合は知らない。
「なにをだと? 馬鹿なことを。触手とはこういうものだろう!」 
 この期に及んで、魔王ちゃんは得意げだ。
 確かに、ファンタジーにおける触手とは、女性に絡みつくものだ。けれど、それは創作物の中で、自分はそれを見る側だから楽しめるのだ。実際にやられると、気持ち悪い。もう、ヌメヌメで、ヌメヌメで。ヌメヌメだ。
 ちなみに私は、創作物の中の触手にも興味はない。

「そ~れそ~れ」
 けれどローパーちゃんは、私を宙吊りにしたまま振り回し、あろうことか噴水へ投げた。
「ぷはっ」
 全身ずぶ濡れのヌメヌメ状態で噴水から這い上がると、お酢のような臭いが全身から漂ってきた。
「なにこの噴水、臭いんだけど」
「当たり前だ! 魔王城の噴水を舐めるなよ!」
 ビシッと、人差し指を私の鼻先に突きつける。
 物理的に水を舐めさせられたわけだが。

「さあ、まだまだサービスは序の口だ! ついてこい! 貴様を牢獄へ案内してやる!」
 魔王ちゃんが指を鳴らすと、再びローパーちゃんが私を縛り上げ、そのまま持ち上げた。そして、地面を這って進み始めた。ヌメヌメ第二ラウンドである。
 私の耳がイカれていなければ、この幼女は、サービスと言った。
 つまり、触手に縛られてヌメヌメ地獄を味わったり、臭い噴水に叩きつけられ汚臭をつけられるのが、客は嬉しく感じるとでも思っているのだろうか。
 頭のおかしい幼女と触手は、城の地下へと私を連れて行った。そこは文字通り、薄暗い牢獄。窓はない。冷たい石の壁と、石の床と、石の天井と、鉄の柵があるだけの、まごうごとなき牢獄。

「ようこそ、魔王城へ。どうぞ、ごゆっくり」
 ローパーちゃんは牢の中に私を置くと、ぺこりと頭を下げた。
 ふざけるな。
「食事は20時からだぞ」
 魔王ちゃんはそう言うと、私に牢の鍵を投げてよこした。そして、話は終わりとばかりに踵を返す。今は昼前なので、ランチは抜きということか。
「ちょっと待たんかい」
「む?」
 振り返った魔王ちゃんは、不思議そう。
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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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