43:YouTuberと予約システム

文字数 1,929文字

 穏やかな心を持つ私も、ハゲへの激しい怒りで伝説のなんとやらに目覚めそうな心持ちで、ツアー部の部屋を出る。すると廊下に、井上先輩が立っていた。
「助けてやろうか?」
 天使かと思った。
「お気持ちは嬉しいのですが、いくら井上先輩が広告部のトップでも、独断行動はまずいのではないでしょうか。広告部に話を通す時は、自分の部署の上司に許可を得る。それがルールです。魔王城に永続勤務とはいえ、魔王城に私の上司がいない以上、書類の上ではまだツアー部です」
 私はツアー部なので、広告部に話を通すには、近藤の許可がいる。しかし所属は魔王城なので、ツアー部には戻れない。ツアー部であって、ツアー部ではない。奇妙な状態だ。

「安心しろ。俺が手配するのは、外部の人間だ」
「外部の?」
「近藤はうちと契約している観光サイトや大手ニュースサイトだけが、宣伝の手段だと考えている。が、若いお前なら、それは古い考え方だとわかっているんじゃないか?」
「あの、話が見えないのですが」
「拡散力のある個人の力を使うんだ。そこらの観光サイトより、よっぽど効果的だぞ」
「えっと……ツイッターですか?」
「ツイッターはたしかに気軽に出来るが、あれで案外リンク先は踏まれないものだ。まあ、俺が紹介する奴はツイッターも使うけどな」
「ツイッターも使う? 一体……」
「ユーチューバーだ。投稿した動画は、アカウントに連携したツイッターでも自動拡散されるだろ?」
「な、なるほど!」
 会社の力を借りない方法なら、近藤には口出しが出来ない。悪いことをしているわけではないのだから、お咎められる理由もない。妙案である。

「しかしお前、頑張っているようだな。どうだ、魔王城は」
「楽しいです。みんないい魔族たちですし、和気あいあいとしています。それに、慣れてくると、魔界も案外イイトコロですよ」
「そうか。職場が楽しいというのは、大切なことだ。もちろん楽しいばかりではいけないが、そんなことは言わなくてもわかっているな?」
「ええ」
 楽しいだけだったのは、以前の魔王城だろう。今はみんな、大切な魔王城らしさを残しつつ、どうすればもっといいホテルになるのか、日々考えて努力している。
「ならいいんだ。今の環境を大切にしろよ」
「はい」
 私は頷いた。
「ところで、お前のところ、予約システムはどうなってるんだ? これから人が増えるんだ、予約システムは用意した方がいいぞ」
「あっ」
 そこも盲点だった。


 予約システムをサイト上に構築するためには、エンジニアが必要だ。しかし、我が【ホテル魔王城】の優秀なネット担当であるスライムくんは、エンジニアとしてのスキルは持ち合わせていない。
 しかし、そこは優秀なスライムくんである。
「ツイッターに名前と宿泊人数、日にちを書いて送ってもらえば、あとは手書きでこっちがメモればよくね? サイトの方にも、トップにその旨を表記しておくぜ。そんくらいならできる」
「いいね。ツイッターをやっていないお年寄りの場合はどうしようか?」
「電話予約も可、でいいんじゃね? 誰か電話担当できそうな奴に頼んでおくぜ。固定電話も一応あるしな」
「ん、ありがとう。担当者が決まったら教えて。私からも一言言っておくから」
「おお。あとよ、アカウントのフォロー&リツイートで、宿泊料金が安くなる企画ってのもどうだ?」
「面白いね。魔王ちゃんに聞いてみるよ」
 お金のことは、さすがに独断では先行出来ない。


 魔王ちゃんに聞いてみると、あっさり許可が降りた。
「一泊10000G、風呂の利用客は+1000G、カフェは別途料金。これが現在の料金プランだったな。リツイート画面の提示で宿泊料金は30パーセントオフ。このくらいまでなら下げていい。フォロー&対象ツイートのリツイートで、何名かにカフェ無料券が当たる! というのもありなんじゃないか?」
 とのこと。1G=1円換算なので、かなり安い。
 その分魔王城カフェの可愛いメニューで、売上が稼げるといい。なお無料券に関してだが、QRコードの発行というローパーちゃんの意見が出たのだが、会議の結果コードを拡散される危険があるとのことで、これは却下。抽選で選んだものにDMを送信し、利用者はその画面を見せる+アカウントの管理者であると確認が取れた場合のみ使用可能。という方向に決まった。
 そして、夜にはユーチューバーとファン御一行様から予約が入った。
 電話担当者の方は、ミーサさんに決まった。
「どうせ観光案内所に座っているんだし、電話対応くらい増えても問題にはならないッスよ」
 と、ミーサさんのコメント。頭が上がらない。
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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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