48:魔王城の風呂掃除
文字数 1,045文字
ザシュッ。ザシュッ。
私のデッキブラシが大浴場の床を滑り、硬質な音を鳴らす。
ザッシュザッシュ。
魔王ちゃんが力いっぱいデッキブラシを動かし、床を濡らしている水が飛んだ。
「冷たっ! 魔王ちゃん、もっと丁寧に掃除してよ」
「うるさいやつだな。水仕事なんだからいいだろ。そんなに濡れるのが嫌なら、水着にでも着替えろ!」
魔王ちゃんがデッキブラシを床に押し当てたまま、駆け出した。そして、転倒し、尻餅をついた。
「ひゃうっ」
「大丈夫!?」
「あ、ああ……」
魔王ちゃんがお尻をさする。
「怪我はないが、スカートが濡れて下着までぐっしょりだ……」
と、ワンピースタイプドレスのスカート裾を持ち上げた。
「言わんこっちゃない。それに、魔王ちゃんの洗い方は雑なんだよ。ほら、ここ」
私はしゃがみこんで、今しがた魔王ちゃんがデッキブラシを走らせたところを指差す。
「泥汚れが残ってる」
魔王城にはさまざまな魔族がいる。バードマン、ワーウルフ、ゴーレム、オーク、ゴブリン。中には森や山に寝床を作っている者だっているのだ。たとえば、ローパークイーン。彼女は時々魔王城に来て、山や庭園の手入れを手伝ってくれるようになったが、基本的には森の中だ。
みんなが同じ大浴場を利用するため、ここには抜け毛や泥など、毎日汚れやゴミが蓄積されていく。そこで、毎朝営業前に掃除をする必要があり、その担当に私と魔王ちゃん、レイシア以外のメイド隊の皆さんが当たっている。
メイドさんたちはみんな人型の魔族で、羽とか動物の毛とかを落とさない、掃除に向いたタイプだ。
「細けぇ~~。そのくらいよいではないか。姑か、貴様は」
「そうは言うけどね。こういう細かいミスの蓄積が、ホテルの評価を下げるんだよ。わかる? 蓄積。ち・く・せ・き。リピートアフタミー」
「うざっ」
魔王ちゃんがデッキブラシを放棄した。
「あっ。サボる気?」
「勘違いするな。濡れたから着替えてくるだけだ。戻ったらちゃんと掃除してやるわ」
「なら、いいけど」
手をひらひら振って出て行く魔王ちゃん。私はため息をついて、掃除を再開する。
今度は階段の方から、メイドさんの一人が顔を出した。
「宮子さーん! ちょっときてくれますかー?」
「んー? どしたー?」
メイドさんに呼ばれ、二階の浴場へ。
「これなんですけど」
と、メイドさんが壁を指差す。そこには私の顔より大きな拳の跡がついていて、周辺のコンクリートがひび割れていた。