66:仕事仲間で家族

文字数 2,705文字

「というわけで、ボクは宮子を魔王城から追い出さそうと思う」
 魔王城第二会議室。
 魔王であるボクは地下に位置する小さな会議室に、レイシア、ローパー、ミーサ、スラを集めた。議題は、花崎宮子の今後について。
 優しい宮子はボクらのために、ここに残ろうとするに違いない。それを阻止しようというのが、ボクの考えだ。

「あいつはたった数ヶ月でみんなを笑顔にした優秀な女だ。そんな宮子は、もっと正当に評価され、出世するべきなんだ」
「けれど、何も追い出すことはないのではないですか?」
 ローパーが言った。
「ボクやお前たちが管理局に戻ることを勧めても、あいつは聞かんだろ。だから、出て行きやすいよう追い出すんだ。あいつと仲良くなってしまったお前たちには辛いかもしれんが、これもあいつのためなんだ」
 ボクは頭を下げる。
「レイシアはいいと思う。これが宮子さんのためになるなら」
「そうッスね。人間の宮子さんには、魔王城より人間界の方がいいはずッス。あたしも賛成ッスよ」
 レイシアとミーさんも、本心では宮子と一緒にいたい、と思っているのであろう。それは、彼女たちの表情から理解できた。しかし、二人は魔王であるボクのことを慕っているがゆえに、ボクの意見に従っている。
 それを利用するやり口は卑怯だろうか。
「いやいや待てよ。追い出された宮子の身にもなれよ。傷つくぜ?」
 すると、スラが言った。
「かもしれぬが、このまま魔王城であいつの才能を飼い殺すのは、勿体なかろう。それこそ、宮子のためにならん」
「……魔王様はそれでいいんですか?」
 とローパー。
「彼女と仲良くなったのは、魔王様も同じです」
「ああ。だが、すでにボクの意思は硬い。仲間だからこそ、あいつのためにボクはあいつを追い出すんだ」
「……ですか。わかりました。魔王様の作戦に、のりましょう」
「ローパーまで。わかったよ。俺も賛成だ」
 とスラ。
「すまないな。嫌われ者役はボクがやる。明日さっそく宮子を追い出すが、お前たちは来なくていい」
「レイシアも行く。魔王様だけ悪者にはさせない」
 レイシアは言うも、
「レイシアさん。魔王様なりの気遣いです。ここは魔王様に任せましょう」
「ローパーちゃん……。わかりました。魔王様、お願いします」
 すぐに頭を下げた。
「すまないな。別れの場も用意できず」
 ボクはレイシアの頭をなでて、立ち上がった。
「緊急会議は以上だ。解散」



 翌朝。ボクは一人で宮子の部屋を訪れた。宮子はあまり寝ていないのか、目の下にクマを作っていたが、ボクを見るなり微笑んだ。
「魔王ちゃん。私ね、どうすれば【ファンタジートラベル】が魔王城を切らないか、考えてみたんだ。今資料をまとめているんだけど」
「宮子」
「ん? なに?」
「もう、いいんだ」
 きょとん、とした。
 数秒の間をおいて、宮子が言う。

「よくないよ。会社の支援を受けられなくなったら、魔王城の人気をこれ以上上げていくのが難しくなる。魔界のみんなが笑顔になるために、魔王城でお金を稼ぐ必要があるんでしょ?」
「そんなことしなくても、ボクたちは幸せだ」
「そうはいうけど、魔王城の良さをもっと広めたいとも思うんでしょ? レイシアだって、カフェをたくさんの人に楽しんでもらいたいだろうし、ルカ姉やローパーちゃんも、変わった。【ホテル魔王城】の成功は、みんなをもっと楽しくさせるはずだよ」
「そうじゃないんだ。お前たちの支援がなくても、ボクたちはやっていける」
「……え?」
「お前に教えてもらったからな。正しい人間向けの経営方針は理解した。どのみち【ファンタジートラベル】のサポートはたいして受けてはいないし、問題はない」
「でも私は、魔王城をもっと盛り上げるために、【ファンタジートラベル】が必要だと思う」
「ボクは思わない。それに、お前にこれ以上なにかをしてほしいとも思わない」
 ちくり、胸が痛んだ。
「どうしたの? 急に?」
「……お前を傷つけまいと配慮してやるつもりだったが、面倒だな」
 頭をかく。
 これは、演技だ。ボクが本気で宮子を疎ましく思っている、と見せるための。

「ボクはお前に出て行ってほしい、と言っているのだ。お前は人間で、ウチの者ではないだろう。そんな奴にあれこれ指示されたくはないんだ」
「私、また偉そうなこと言ってたかな。だったら謝るよ。内緒にしてほしいって言ったけど、必要なら、みんなで会議をして決めてもいい。ううん、そうするべきだったね。家族会議を開こう」
「わからない奴だな。会議の必要はない。お前にこれ以上結果を出されると、迷惑だからな。いいか? ここのボスはボクだ。そのボクより目立たないでくれ。邪魔なんだよ、お前は」
 ボクは宮子を睨んだ。
「……ああ、なるほど。そういうことね」
 しかし宮子はそう言うと、笑った。
「魔王ちゃんは優しいね」
「なっ……なんだって……?」
 優しい、だと?
 宮子のためと言いつつ、宮子を傷つけているボクが?
「私のためを思って、私が広告部へ行きやすいよう、追い出すフリをしているんだ」
「ち、違う。ボクは本当にっ」
「誰より仲間想いの魔王ちゃんが、自分が目立つことを優先するはずないじゃん。私がレイシアやローパーちゃんを笑顔にさせた時、本当に魔王ちゃんは嬉しそうだった」
 どうやらすべて、お見通しらしい。
「大丈夫。私に考えがあるんだ」
 宮子が親指を立てる。

「しかしだな。ボクはお前から学んだこと、お前のくれたマニュアルを使えば、お前の手を煩わせずとも、経営をしていくことができるんだ。ボクたちに気を使ってここに残らずとも――」
「魔王ちゃん」
 宮子は人差し指でボクの口をふさいだ。
「私はもう、みんなを仲間だと思ってるよ。みんなと働くのが楽しいの。ここに残りたいと思うのは私の意思だし、煩わせるなんて風に、思って欲しくない」
「宮子……」
「仲間と和気藹々。楽しく働ける職場。こんなの、東京のオフィスにはないよ」
 と言って笑う宮子を見て、ボクは理解した。
 宮子を止めるのは不可能なのだ、と。
 同時に、安堵した。
 どうやらボクは、自分で思っていた以上に、宮子を認めていたらしい。彼女に去ってほしくないと、思っていたらしい。
「……そうか。それがお前の意思なのだな」
 そして、ボクの気持ちでもある。
「でも、私がいなくてもやっていこうとする心構えは、いいと思う。それ、試してみようか」
「ん?」
 宮子は今しがた思いついたらしい案を、ボクに説明し始めた。

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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