50:人は転送できません
文字数 1,007文字
「今日は予約ゼロ。明日は土曜日だけど、ゼロ。明後日もなし」
それよりも、今の問題は、こっちだ。
薬湯の運営をはじめてから、一ヶ月と少し。6月に入り、魔界にも梅雨の季節がやってきた。はじめはユーチューバーバーストなのか、毎日客がやってきていたものだが、ここ二週間は一人しか入っていない。
可愛いメイドや魔王ちゃんと、メイドの手作りメニューが食べられるカフェ。立派なお城。お肌の問題も解決しちゃう、ステキな温泉。そして、割引できるツイッターキャンペーン。
これだけあって客が来ないのは、やはり宣伝が不足ているせいか。とはいえ、皮膚科を廃業に追い込める薬湯が安く利用できるのに、客が来なすぎる気もする。
ほかの異世界にも、回復魔法を使った医療施設、ポーションを使った食事が出る店などはある。あるのだが、お高い。札束がごっそり消えて無くなる額だ。それに比べれば、一万円以内で宿泊まで出来てしまう【ホテル魔王城】は、良心的どころかサービス精神の塊だと思うのだが。
「ううむ。一度ついてしまった悪印象は、そう簡単には消えぬということか」
最近では魔王ちゃんも人間のことがわかってきたようで、これまで自分がしていた酷いサービス内容を悔いているらしい。
それも理由だろう。だが、もうひとつ大きな理由に思い当たった。
「というか、やっぱり交通手段だと思うんだよ」
オーナメントやカフェのメニューは増やしたし、土産屋、雪原エリアを担当者と散歩出来る雪原案内サービスもはじめた。
しかし、いまだに駅から山道を徒歩二時間、という移動手段だけは変わっていない。
「だが、バスは嫌だぞ」
魔王ちゃんが眉をひそめた。
考えを改めたといっても、譲れない魔王城のイメージは健在だ。そこは私も認めている。魔王ちゃんの大事な思い出だから。家族の家だから。
「わかってる。そもそも、階段になってるしバスは無理でしょ。けど、梅雨の雨の中、山道を二時間も歩くのは億劫だよ」
「ならば、どうする」
「魔王ちゃんの転送魔法は使えないの? 大きなコンテナに人を入れてさ、コンテナごと転送みたいな?」
「無理だ。ボクの魔法は生物を運べない。コンテナだけワープして、中の人は残るぞ」
「それは危ないね」
なにごとも、安全第一だ。
「どうするのだ」
「どうしよっか」
ほかの案が出てこない。