38:可愛いは努力
文字数 2,709文字
私は少し、後悔しはじめていた。なぜなら私は、寒いのが苦手だから。
山を一歩を出れば、そこは雪の降る白銀の世界。
しかし、ここで妥協したら良い温泉は作れない。これも出世のため。そして、みんなの笑顔のためだ。私自身、氷の温泉には興味があった。
「それにしても、山を越えた瞬間雪が降ってくるなんて、どんな天候してるの?」
寒さを会話で紛らわそうと思い、訊ねた。
「魔力の濃い魔界では、魔法効果により複数の地形や天候が隣接しあっているのです」
ローパーちゃんが言う。
魔法効果とは、便利な面だけではないようだ。
やがて洞窟にたどり着き、その中には青白い毛並みを持つ猫がいた。
「おや? お客さんかな?」
よく響く、いわるイケメンボイスというような声で、猫は言った。
「彼女がセルシウスキャットのセルシーだよ」
レイシアはそう言うと、セルシーに事情を説明した。
「レイシアとローパーが認めている人間なら、信用しよう。ただし条件がある。ローパークイーンのつくる実が食べたいんだ。取ってきてもらえるかな? 彼女は植物系の魔族としか仲良くしないのでね。なかなか食べる機会がない」
「やはり、そうきましたか」
ローパーちゃんが言う。
「ローパークイーンというのは、ローパーちゃんと同じ種族なの?」
「ええ。今の私は触手部隊の隊長ですが、もともとはクイーンがボスだったのです。クイーンの実というのは、彼女が魔力を消費してつくる果実のことで、栄養満点なのですよ」
「そうなんだ」
ローパーちゃんはセルシウスキャットがローパークイーンの実を好きなのを知っていて、こうなるだろうと思い私について来たのだろうか。
そんなわけで、私たちは洞窟を後にし、さらに雪原を奥へと進んだ。
それにしても、圧倒的なお使い感。こんなところまでRPGっぽくしなくてもいいものを。
やがて森にたどり着き、そこには濃い赤色をしたローパーちゃんの色違いがいた。どうやら彼女がクイーンらしい。
ローパーちゃんは私やレイシアにはわからない、聞いたことのない言語でクイーンと話しはじめた。
「これ、何語なの?」
「植物系の魔族が話す言語みたい」
とレイシア。
すると、いきなりローパークイーンが、木々を細い触手で叩きへし折った。
「え? な、なに?」
「すみません。温泉にも協力してほしいと話したら、怒られてしまいました。クイーンの実はやるが、他種族には協力しない、とのことです」
ローパーちゃんがやや背中を丸めて、落ち込んでいるような感じに言った。
「えっと……協力したくないのはわかったけど、どうして、そんなに怒ってるのかな」
「私たちローパー一族は、見た目のグロテスクさが原因で、人間や他の魔族たちに迫害された過去があるのです。先代の魔王様ご夫妻にスカウトされてからは、そういったことは少なくなってきましたが……魔王城をホテルにしはじめた頃、客としてやってきた人間たちは、私たちを見て……」
私もはじめて会った時は、ローパーちゃんを傷つけてしまった。あんなことが何度もあったのなら、嫌になって引きこもるのもわかる。
なら、ローパークイーンは放置して、セルシウスキャットと作業を進めよう。と、以前の私なら考えたかもしれない。
しかし、それではダメだ。みんなが笑顔で、楽しく働ける【ホテル魔王城】。それを作ると決めたのだから。
クイーンさんが傷ついているのを見て見ぬフリして、私たちだけが楽しくやろうとしても、それは本当に良い職場とは言えない。空気の悪い職場では、楽しいサービスは提供できない。なにより、ローパーちゃんがいい想いをしないだろうし、クイーンを無視した私への印象も悪化するだろう。私自身、気持ちよくはない。
ローパーちゃんはそれを見越して、クイーンが怒るのを理解しつつ、私の前でこんな話をしたのかもしれない。策士だ。しかし、これも仲間のため。良い職場づくりのため。私はハゲ達磨とは違うのだ。ローパーちゃんの策に、引っかかってあげよう。
「ローパーちゃん、翻訳して」
「はい」
「クイーンさん! 女の子は誰でも可愛くなれるよ!」
私の言葉をローパーちゃんが翻訳すると、クイーンがなにかを言った。ローパーちゃんが、クイーンの言葉を私に伝えてくれる。
「お前に我々ローパー一族の気持ちはわからないだろう。我々には人間や他の多くの魔族のように、可愛くなることは出来ないのだ。だそうです」
出来ない――つまり、それはやる前から諦めているということ。
そんな考えでは、なるほど可愛くなんてなれるわけがない。
「そうやってはじめから諦めてたら、なにも変わらない。人間だってね、おしゃれは努力なんだよ。コーディネートも、化粧も、大変なの。それでも頑張っておしゃれするから、可愛くなれるの」
「人間の場合の話だろう。元が違うのだ。我々とお前とでは。と言っています」
強情なクイーンだ。しかし、内心ではかわりたいと思っているから、反論するのだ。心の底から諦めているのなら、私のことなんて無視してしまえばいいのだから。
かくなるうえは、実例を見せるしかない。結果のない状況で説得を試みても、机上の空論だと一蹴される。だが、一目でわかる結果を提示できれば、認めるしかなくなる。
「なら、見にきてよ。ローパーちゃんを可愛くしてみせるから!」
だから私は言い切った。
「行こう! ローパーちゃん! ローパーちゃんだって、可愛くなりたいよね? 私が可愛くさせるから! ローパーちゃんが可愛くなれれば、クイーンさんだって、自信を持てるはずだよ!」
そして、ローパーちゃんを引っ張る。
これはただローパークイーンを説得するためだけではない。ローパーちゃんにとっても、自信を持ってもらうきっかけになる。一石二鳥作戦である。
「ま、待ってください!」
しかし、踏ん張るローパーちゃん。
「ローパーちゃん。レイシアも、ローパーちゃんには笑ってほしい。レイシアは、ローパーちゃんが推薦してくれたから、料理長になれたよ? でも、今度はローパーちゃんが変わる番だと思う」
ここで、レイシアが私の考えを汲み取ったのか、援護してくれた。
「あの、レイシアさん宮子さん。そうではなくてですね。まだクイーンの実を受け取ってません」
「「あっ」」
うっかりしていた。
ローパー一族には目がないけれど(でも見えているらしい)、クイーンは私を呆れた風に見ている、ような気がした。