57:京都・異世界人観光客向けショップ

文字数 1,882文字


 さすがに空を飛ぶと速い。ルカ姉は私たちに合わせて速度を落としてくれたのだが、それでも徒歩で2時間かかる魔界案内所に、数分で着くことができた。
 手のひらから降りると、
「それじゃ、あたしはここで待ってるわん」
 ルカ姉がウインクする。
「あっ、そうだ」
 私は魔界案内所の前で足を止めた。

「ミーサさんにはお世話になってるし、なにかお菓子でも買って行って渡そうかな。ミーサさん、地球の雑誌読んでたし、地球のお菓子も食べるよね?」
「食べると思う……。あの、地球で買うの?」
「うん。レイシアも来る? なにか買ってあげるよ。ルカ姉にもね」
 さすがにルカ姉は駅に入れないけれど。ルカ姉のような巨大な生物には、特別サイズの転送ゲートを使ってもらうのだが、予算の都合なのか、魔王城の人気がないせいなのか、管理局は魔界に巨大ゲートを創らない。
「あら、そう? それならお願いしちゃうわん」
「あの、レイシアは京都がいい……です」
「京都? そういえばレイシアは人間だったんだよね。京都に住んでいたの?」
 日本には、東京、京都、北海道、名古屋にゲートの駅が存在しているのだ。
 しかし、レイシアは首を横に振るう。
「レイシアがいたのは、別の人間界。でも……東京には行ったことあるから」
 よくよく考えてみれば、レイシアは魔界との大戦に巻き込まれて死んだのだと言っていた。魔界と争ったのは、別の人間界だ。
「そっか。じゃあ京都に行こっか」


 ゲートの京都駅は巨大だ。人間用のゲート、ドラゴンでも使える巨大なゲートなど、複数の空間渦が存在する。また同じサイズの渦でも、壁で仕切られ何十という渦が並んでいる。地球人・異世界人の問わずゲート利用者が多いため、必然的にワープゾーンの数が求められるのだ。
 電車用の駅、各世界の観光客用のさまざまな異世界の料理店、土産屋、京都独自の料理や名産品の買い物が楽しめる店・娯楽施設など、様々なエリアが連絡通路で繋がっている。そのため、京都に行けば日本文化に触れられるだけでなく、人気上位の異世界観光も同時に行える(実際、異世界の店だけではなく異世界人も多い)と言われている。京都駅はもはや、小さな異世界レベルになっているのだ。
 そんな京都駅ワールドで、私たちの入った店は、異世界観光客、あるいは地球の外国人観光客向けの名産品ショップであった。

 ツノや翼や触覚やら、さまざまなモノを生やした異世界人観光客たちに揉まれながら、狭い店内の中で八つ橋の箱を掴み取る。
「京都といえば、八つ橋だよね」
 薄く伸ばした生地と、濃厚な餡がたっぷり詰まった、食べやすいサイズの和菓子。異世界人にも人気のあるお菓子らしく、店によっては巨人やドラゴン用の巨大八つ橋も売られている。巨大な八つ橋を作るのは巨大な異世界人や魔法生物なので、つまり八つ橋を調理する技術は、異世界にも伝わっているということだ。
 レイシアは抹茶の八つ橋を手に取り、
「魔王城にも、こういうお菓子があったらいいかも」
 呟いた。

 今の魔王城一階に作った土産コーナー(カフェの隣)には、山で採れた魔界の野菜や果物が、申し訳程度に売られているだけだ。人気はない。
「そうだけど、保存がきく、箱に収納できるお菓子をたくさん作るのって、大変だからなぁ。レイシアがクッキーでも焼くんなら、考えるけど」
 それをやると、箱の量産時にまたミーサさんを働かせまくることになりそうだ。
「だったら、こういうのは?」
 と、レイシアがストラップを手に取った。全国いたるところでご当地アイテムとコラボしている、白い猫のキャラクターのストラップだ。アクリルスタンドや缶バッジも売られている。
「みんなのストラップを売るってこと?」
 レイシアが首を横に振った。
「あの。この前のユーチューバー。ああいう方とコラボして、魔界風の格好のグッズ、売るとか」
 レイシアが目をつけたのは、コラボ要素の方だった。
「面白そうだね。ちょっと、頼んでみよう」
 さっそくこのあいだのユーチューバーのサイトを開き、問い合わせページからメールを送信する。返事がこなかったら、井上先輩に電話番号がわからないか聞いてみよう。
 私はレイシアにストラップと八つ橋をプレゼントし、自分用・ミーサさん用・ルカ姉用・魔王ちゃんたち用の八つ橋も何箱か購入した。ルカ姉には申し訳ないが、ドラゴン用の八つ橋は大きすぎて持ち運べないので、通常の八つ橋を5箱用意した。
 土産物研究ということで、八つ橋代も経費におとしてやろう。

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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