05:門番のゴーレムは勘違いをする
文字数 1,518文字
「草、ボーボーじゃん」
確かに、階段はある。細~~い丸太を埋め込んだような、木の階段だ。しかし、まったく手入れがされていないせいで、腰の高さまで草が生えてほぼ階段を埋めてしまっている。
仕方なく、スマホの懐中電灯アプリを頼りに、草をかき分け山を進む。長袖と長いパンツルックで来たので、草に直接触れることはないけれど、ブンブンと黒い羽虫が飛び交っているのは、気分が悪い。
「……サイアク」
もっと滅入るのは、空だ。
魔界の空は朝でも真っ黒らしい。空に太陽が昇らないかわりに、いつだって真ん丸な月が浮かんでいる。この月がまた禍々しく、血を思わせる赤黒い色をしていた。そんな環境でまともな植物が育つわけはなく、山の中でウネウネしているのは、食虫植物を巨大化させたようなモノばかりだ。
普通の見た目をした木々も生い茂ってはいるのだが、葉の色が青やら紫やらと、やけに毒々しい。こんな光景の中を二時間も歩けば、気が滅入って当然だ。
ようやく頂上につくと、城は大変立派なものであることがわかった。5,6メートルはある城壁にぐるりと囲まれたそれは、まるで宮殿。腐っても魔王城ということだ。
この分なら、城での暮らし自体は豪勢なものになるかもしれない――と考え、すぐに思い直す。
ここは魔王城でも、【ホテル魔王城】なのだ。これだけ立派な城をホテルにしているのなら、交通の不便さや景色の不気味さを差し引いても、お釣りが来る。なのに、人気がない。宿泊料金が高すぎる、という話も聞かない。
さて、どういうことか。レビューによると、魔王の接客がなっていないそうだが。
「考えてもわからないものは、見てみるしかないよね」
私が住み込みで働くことは、【ファンタジートラベル】から魔王へと連絡されているはずだ。まずは門番に話して、中を入れてもらおう。
門には私の背丈より高い木の扉があり、左右にはやはり私より大きな石の人形が立っていた。ゴーレムだ。他の異世界でも、会ったことがある。
「あのー」
話しかけてみると、ゴーレムは無表情ながらもペコリと頭を下げ、
「お客さんですか?」
と渋い声で訊ねた。
「いえ、私は【ファンタジートラベル】から来た――」
「魔王様ーー! お客さんです! 久々に人間のお客さんが来ましたよーーーー!」
ゴーレムは叫んだ。すると、もう一体のゴーレムが門扉を押して開ける。
「ささ、どうぞどうぞ、お客さん」
じゃねえよ。
人の話聞けや。
と思ったけれど、言うのはやめた。考えてみたら、好都合だ。魔王城のサービスのどこが悪いのか、客として体験すればすぐにわかるはずだ。しばらくは客のふりをしてみよう。
ゴーレムにうながされるまま、門扉をくぐる。すると、庭園が現れた。広がる葉で蓋をされた、自然の天井を持った庭園である。
中では毒々しい花たちが咲き乱れ、赤い水を吹き出す中央噴水が、これまた不気味な魔界式の庭園だ。噴水からのびる十字路には赤いタイルが敷き詰められていて、ここはさすがに手入れが行き届いている。かと思えば、道を北へ進んだ魔王城の壁には、ツルや苔が張り付いていた。
薄暗い庭園の中にはランプを吊るした街灯もあるので、夜になっても明るいのだと思われる。しかし、昼前なのに灯されている光は赤色で、やっぱり不気味。なお、ランプの形はドクロである。
「まっすぐ進んでくださーい」
ゴーレムは門扉を閉じながら、その場から一歩も動かずに言った。
もう、引き返せないわけだ。引き返すつもりもない。
タイルの上へ一歩踏み出すと。
「はーっはっはっは」
少女の高笑いが聞こえた。