29:みんなの笑顔が笑顔をつくる

文字数 1,828文字

 そして、カフェ仮オープン日の前夜。私は大浴場で火照った体を冷ますため、食堂のバルコニーに立ち、夜風を浴びながらフルーツジュースを飲んでいた。
 魔界のフルーツは見た目がよろしくないが、味はなかなかだ。絞ってジュースに変えて、不透明なタンブラーに入れてしまえば気にならなくなる。あとは不透明な太いストローを用いて、ちゅうちゅうと吸うだけ。
 これもカフェのメニュー【魔王ジュース】である。
 なお、タンブラーにはこれまた可愛い魔王ちゃんやレイシアなどのイラストが描かれていて、ジュースを注文すると貰えるという仕様であった。
 私はタンブラーの一つを自分用にして、この数日は毎日フルーツジュースを飲んでいる。
 しばらくそうしていたら、レイシアがやってきた。

「み、宮子さん」
 声に振り返ると、レイシアはいつもの不安げな表情ではなく、少し余裕の見える穏やかな表情を浮かべていた。
 この一週間、レイシアはたくさんの料理を作り続け、魔族のみんなや私に振る舞った。私の見ていないところでは、魔王ちゃんにも振る舞ったらしい。そのどれもが美味しくて、レイシアは日に日に自信をつけているように思えた。
「明日は美咲を呼んで料理を振る舞うわけだけど、どう? できそう?」
「うん」
 レイシアは頷いた。

「最初はレイシアなんかが料理をしてもって、思ったんだけど。宮子さんに言われて、作り始めて、そしたらみんなも美味しいって言ってくれて。だんだん料理を食べて貰えるのが、楽しくなって」
「うん。わかるよ、その気持ち。自分のできることや得意なことで、誰かを笑顔にできた瞬間って、嬉しいよね」
 私にもその経験はある。地域復興を成功させ、商店街や旅館の人たちが笑顔になった瞬間。自分の企画したイベントで、来てくれた人たちが楽しそうにしてくれた瞬間。
 そういう時、私も嬉しくなる。笑顔になれる。私が笑顔になった頃には、その場のみんなも笑顔になっているのだ。笑顔は伝染するのだと思う。
 レイシアは強く頷き、続けた。
「宮子さんや、私の背中を押してくれたみんなのおかげ。だから、ありがとうって言いたくて……」
「そっか。私もレイシアの料理はもっと食べたいって思うし、作ってくれるレイシアも楽しいなら、みんなが楽しくて笑顔になれて、最高の形だね」
「み、美咲さんも、喜んでくれる……かな?」
「きっとね。レイシアは料理を作るのが、好きなんだよね?」
 そうでなければ、元々コックではない彼女に、あんなに手が込んだ可愛い料理を作ることはできない。
「うん。だから余計に、嬉しいのかな」
「なら、大丈夫。レイシアは楽しんで料理すればいいよ。気持ちはきっと伝わるから」
「うんっ」
 レイシアが笑った。
 レイシアが笑うと、私も嬉しくなった。

 そうだ。こういうことなのだ。
 働いているみんなが、楽しく働きやすい職場。笑顔の溢れる職場。大切なのは、これだ。
 誰かを幸せにさせるには、まず自分たちが楽しんで、幸せになる必要がある。従業員が全員死人みたいな顔をしているより、笑顔でいるホテルの方が、泊まりたくなるはずだ。
 いや、今のたとえは悪かった。死人でもゾンビでも、笑顔で接してくれるホテルの方が、いいはずだ。
 だって、楽しいとか、大好きとか、そういう感情は伝染するのだから。
 美咲が言いたかったのは、こういうことなのかもしれない。
 接客に失敗した日のレイシアは、常に辛そうだった。パニックになっていた。そんなレイシアに接客をされるより、笑顔で楽しそうにしている人に接客をされた方が、受ける側も、それを見ていてる私たちも、気持ちがいいのだ。

 そうだ。【アクアワールド】がそうだったではないか。アットホームで、みんなが笑顔で、美咲も楽しそうで。調査と言いながら、私は【アクアワールド】の本当にイイトコロを理解していなかった。これで優秀な社員なんて、笑わせる。美咲の方が、優秀だ。
 だから、やはり接客はローパーちゃんに任せよう。そして、レイシアには料理を作ってもらうのだ。
 私だって、みんなと楽しくやれた方が嬉しいし、やる気も湧いてくるのだから。

「レイシア。私、みんなと仲良くなりたいな。みんなと楽しく、アットホームにやっていきたい」
「レイシアも、同じ気持ち」
「そっか。明日、頑張ろうね。楽しく、成功させよう」
「うんっ!」
 レイシアが強く頷いた。

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登場人物紹介

花崎宮子 25歳  / ホテル《魔王城》経営隊長


異世界旅行提供会社《ファンタジートラベル》で働く、優秀なツアー部の社員。さまざまな企画を立て計画的に実行、ツアー企画や地域復興などで結果を出しまくっている。という経歴からの左遷をくらった。魔王城で働くがんばりやさん。



魔王 ラティ  / ホテル《魔王城》社長(魔王)


見た目は幼女。人間はRPGにでてくる魔王城を好んでいると知り、泥の魔物や触手をけしかけ楽しませようとした。それが逆効果だったことを、彼女は知らない。家族思いの優しい娘だが、プライドが高く自信家。根拠のない自信を持つ困ったところがある。

新村美咲  / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部所属


宮子の後輩。入社1年目。努力家だけどドジで要領が悪い。胸が大きく、マイペースな性格。ツアー部で、王道的な冒険気分が楽しめる、人気のファンタジー世界を担当している。

井上 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》広告部の先輩


宮子のことを評価している。今回の左遷に反対している。


近藤 / 異世界旅行提供会社 《ファンタジートラベル》ツアー部の先輩


女性を軽視している中年の男。宮子が出世し、女性のくせに自分より上へ行くのが嫌で、左遷させた。社内でもそれなりの立場で、彼に味方している取り巻きが存在。


ローパーちゃん  / ホテル《魔王城》マッサージ・接客担当


見た目がグロい触手。敬語で喋る、真面目で魔王城の委員長的な存在。しかしグロい。

レイシア  / ホテル《魔王城》飲食担当・魔王城カフェ店長


シャイで女の子好きなゾンビ。生前は喪女なメイドで、その頃から魔王の世話をしていた。魔王に蘇生された恩義があるものの、人見知り。緊張すると、ネバネバした緑色の液体を吐く。

スライムくん  / ホテル《魔王城》データ管理・ツイッター中の人


意識高い系のスライム。

ルカ姉  / ホテル《魔王城》交通手段担当


ドラゴン専門のゲイバーに勤めていた繊細なオネエ。本名はシュヴァルツ・デスダーク・キルカイザー・ブラックドラゴン。

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