第3話 鈍い痛み(3)

文字数 1,184文字



 彼女はケイカとサンジャオがあからさまに嫌な顔をしたのを見て、むしろ歓迎されたかのように満足げに歩を進めた。そして更に追い打ちをかけてきた。「あれ、聞こえていない? 学年課題の意味が理解できないお子様たちは、気楽でいいわねって言ってるの」

「わ、わかってますよ……ねえ、ケーカ?」

「……」ケイカは具合が悪いふりをして、先輩に答えようとしなかった。けれど視線だけは高圧的なまま相手から反らさなかった。

 エウカリスは嫌味なぐらいゆっくりとこちらへ回り込んできて、校庭側を背にして立ち止まった。せっかくサンジャオが閉めてくれた窓を容赦なく開ける。気圧の変化で吸い込まれた空気が、エウカリスの美しく長い黒髪を宙に持ち上げた。高等部デザインの制服のせいもあり、細身で長身のシルエットがいっそう際立って見えた。

 エウカリスはケレン味たっぷりに喋り始めた。「先輩の務めとして教えてあげるけれど、いくら最年少で色楽(しきらく)候補に選ばれたからって、学年課題を落としたら来年あなた達はこの教室にいないわ」

 エウカリスの切れ長の目が更に狭まる。彼女は持ち上げた指をパチンと弾いた。サンジャオがその激しい音にビクリと肩を震わせた。ケイカには、エウカリスの指先から弾けるような赤い色が見えた気がした。「一度でも先生の教えからはぐれた子は、二度とここへは戻れない。天子様に色と音を届ける道は絶たれるわ」

 それまで脅すような態度だったエウカリスだが、ここにきて先程までの小者を馬鹿にする口調に戻っていた。「いくら生まれ持った力があったとしても、日々をふざけて生きているようだし、色楽の道は諦めたら? 真剣に努力する子たちの邪魔になるわ。それだけ馬鹿っぽければ余裕で普通の生徒(・・・・・)としてやっていけるでしょう」エウカリスはケイカを一瞥した。そして鼻先を手で覆いながら、不潔なものを見てしまったかのように眉をひそめる。「体だけは成長してるようだし――」

「その先を言ったら許さない!」ケイカが突然、勢いよく立ち上がって叫んだ。飛ばされた椅子が脚を軸に回転し、床に音を立てて転がった。

 サンジャオは友人の突然の発言に固まってしまった。(いさ)めようと思っても、小さな手足は言うことを聞いてくれない。サンジャオは、唯一動かすことの出来る瞳でケイカを見つめた。同級生を苦しめていたあの体の痛みは、どこへ行ってしまったのだろう。彼女にそんな様子は微塵も感じられなかった。それにしてもケイカがこんなに激しく反応するのを、サンジャオは初めて見たかもしれない。

 エウカリスは動じることなく不遜な顔のままだったが、いつの間にか相手を挑発するような言葉は無くなっていた。今はむしろ目を細め、いきり立つ後輩をじっと観察している。

 彼女の青い瞳には興奮するケイカの姿が映っていた。そしてそこに、わずかだが赤い陽炎の様な波模様が、かぶって見えていた。
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