第54話 発表会(1)

文字数 636文字



 学年課題が本番演奏される建物は『高宮(たかみや)記念講堂』という名で、とても広く大きかった。

 講内に入れば、コンサートに対応できる音響機器や立派な照明など、目に入るすべての施設が豪華で、学園の力の入れようが感じられた。ここは色楽を輩出する名門学校としてのプライドを象徴した建物でもあった。

 千に近い観客を収容できる広さにも関わらず、課題の発表は極めて少人数で開催された。がら空きの観客席の三列目に、伝統的な色楽の演奏で使われる和装に身を包んだ楽師長と副楽師長がいた。それから一列後ろに、長い髪を結わえた老楽師が控えていた。数列の間が空いて、色楽の生徒たち全員の姿があった。生徒と審査する楽師たちの間に、本来は最も権力を持つ理事長が座っていた。彼はこの場にいるただ一人の共感覚を持たない者、つまり一般人だった。

 すべての準備は整っていた。

 暗いホールの中、舞台だけが白色のライトで照らされていて、客席からは浮かび上がる島のように見えた。

 生徒たちの弾く楽器のうち、ピアノなどの大型の物は事前に舞台に並べられていた。他にそのステージにあるのは、空の楽譜台と黒い椅子だけ。それらがただ無言で、演者たちの登場を待っていた。

 教え子たちの小さな咳払いや制服の衣擦れの音を黙って聞いていた老楽師が、すっと立ち上がった。教師の背後で雑音が消え、空気に緊張が宿った。

 楽師はゆっくりと目を開き、ステージの上に漂う停滞した空気を吹き飛ばす大きな声で、それを伝えた。

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