第46話 心の声(3)

文字数 1,793文字



「え?」それはケイカが心の中でたどり着きかねない結論だった。まさかサンジャオに先を越されるなんて、予想外だった。ケイカは焦った。「な、何を言ってるのかわかってるの?」

「わかっているつもり……だって、やっぱり向いてない気がするんだ」サンジャオは力なく笑った。「この前はさ、課題できそうなんて、格好つけちゃったけど、やっぱり駄目みたい」

「……今日の試奏、良くなかったの?」

「うん、最低評価。基礎からやり直せって、鼻で笑われた。もう色なんてグチャグチャでさ。手も震えて弦が切れるかと思った。これ、冗談じゃないよ!」自虐的に言い捨てる。「エウカリスが言うみたいに私、いつまでたってもお子様なんだよね。誰かに前を行ってもらわないと、怖くて先に進めないみたい。これから練習とか競争とか、もっと厳しくなるでしょう? だから色楽はさ、ケーカみたいに、ひとりで何でも解決していける人がなるべきだと思うんだ」

「おい、ジャオ!」弱気になるサンジャオを励ますつもりで、ケイカは怒った口調でたしなめた。「何言ってるのさ。そんなんじゃ駄目だよ。ちゃんと課題をやって、それで駄目ならまだしも……棄権なんて許さないからね!」

 ケイカはもう一言、ガツンと言ってやろうかと思っていた。けれど、サンジャオがその場にしゃがみこんで、すっかり黙り込んでしまったのを見て、少し言い過ぎたと悟った。溜息をつくと、諭すように優しく手を伸ばして頭を撫でた。「わたし手伝うからさ。一緒にやろうよ」

 サンジャオはケイカが差し出した手に、自分の掌を重ねた。「ケーカ、優しすぎる」そして不安そうに自分の頬に引き寄せる。「駄目だよ、駄目だよ……」呪文のように繰り返し言葉を唱えた後、急にサンジャオがケイカの手を――優しくではなく――握りしめた。

「痛!」その異常なまでの力強さに、ケイカは驚いて声をあげた。「ジャオ?」

「お願いだから、そんな風に私に優しくしないで!」急にサンジャオが叫んだ。

 先程まで泣きそうだったサンジャオの表情が、吹き上がった感情で痛々しく歪んだ。ケイカは親友の変わりように、手の痛みを忘れるほど驚いた。

「やっぱり私、我慢できない!」サンジャオは悲痛な声で叫んだ。「ケイカ、あなたが課題を棄権してよ! そうしたら私はあなたに嫌われる代わりに、色楽を続けられるから!」

 ケイカはあまりのショックで、友人の訴えをすぐには理解できなかった。

 興奮したサンジャオは、うろたえるケイカを無視して叫んだ。「それが駄目なら、私の所に帰ってきてよ! お願い……お願いだから! そうしてくれたら、私が色楽をあきらめるわ!」

「サンジャオ! 落ち着いてよ、ねえ! 私あなたが何を言ってるのか、分からないよ!」

「分からなくていい! 私だってケイカが何で私から離れていったのか、分からない! 教えて! 私は何も変わってないのに」

「どうしてそんなこと言うの? 私はあなたから離れてなんていない。こうして今もここにいるじゃない」

「だって、ケイカ。今日もそうだよ。今日も私と一緒に来ようとしない。あなたの見てる『こっち』に、私はいないよ!」

「それは……」ケイカは口をつぐんだ。ようやくだが、ケイカの頭の中に、理解が形をなして浸透してきた。「ジャオ、あなたもしかして……」

「ひどいよ! ひどい……。このままいったら、わたし両方とも無くしちゃう。ケイカも色楽も、両方だよ! いや、お願いだから、どっちかを選んで! 私から全部を奪わないで!」

 ケイカは荒い息をついて涙を流す親友に圧倒され、何も言葉が出なかった。

「行っていいから! 私は止めないよ。止めないから」返事の出来ないケイカに、サンジャオはわかっていたかのように繰り返し言った。「ケイカには選べないの、わかってる。そういう性格だし、どっちとも大事なものだもんね」

 興奮した表情が消えていき、サンジャオは一見して落ち着いたように見えた。けれど少女の目には、かつてケイカに対して向けられていたあの無邪気で親しげな光は消え、挑戦とも取れる輝きが宿っていた。

「でも、わたしも失いたくないの。だから全力で課題に取り組むわ。そしてケイカに勝ってみせる。どんな卑怯な手を使っても、それで、結局あなたに恨まれても」

 サンジャオは土まみれになった鞄を拾い上げると、ケイカを残して駅の方へと走り去っていった。


(心の声  おわり)
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