第61話 ケイカの歌(3)

文字数 1,083文字



 帰り道、ケイカは駅前の賑やかなロータリーを通り過ぎた。いつもは流れる人通りだが、その時は誰もが立ち止まって、ビルに備え付けられた超大型の液晶テレビの画面を見上げていた。

 ケイカもつられて見上げると、そこには色楽隊が天子様に歌を捧げるニュースの映像が映っていた。年に数回、四季ごとに行われる行事のひとつだ。

 スピーカーから放たれる完璧に揃った音の粒が、騒音すら打ち消すように駅の一帯を陶酔の幕で包み込む。

 ケイカにはわかるのだが、映像は再現できても、美しい音と色は電波に載せた放送では、完全に再現する事はできない。それでも一般の人たちは、その美しい調べに心を奪われ、憧れとも思える表情を浮かべていた。

 テレビの映像が、格式高い椅子に鎮座する天子様から、色楽隊が演奏する様子に変わった。演者たちの顔が順に映し出される。

 ケイカはその中に、黒髪を結い、和装に身を包んでビオラを奏でるエウカリスの姿を認めた。もしかしたらと、そのまま映像を見ていたケイカだったが、茶髪で三つ編みのあどけない少女の姿を見つけることは、最後まで無かった。


 電車から降りて、太陽が西に傾くなか、ケイカは一人で住んでいるアパートまで帰路を歩いてく。

 途中、川を渡る橋に差し掛かった時、上り坂で角度が変わり、陽の光が直接ケイカの顔を照らし出した。

 視界が奪われないよう、ケイカは右手で降り注ぐ逆光を和らげた。その時だった。指と指の隙間から、ケイカは鮮やかな青色が吹き出てくるのを見た。

 最初その色は、橋の車道のアスファルトの中から滲み出てくるように思えた。しかしよく見ると橋の床板を避けて(たもと)、橋脚が並ぶ河原の方から登ってきているのだという事に気づいた。

 ケイカは橋を戻ると、雑草の揺れる河川敷に向かう細い道へと入っていった。

 最初は車の走行音にかき消されていたが、だんだんとケイカの耳に、一筋の歌と楽器の音が聞こえてきた。

 橋の影になった部分、コンクリートで補強された土の上で、二人の子どもたちが演奏をしていた。

 ひとりは髪の長い少年のように見えた。色白で、ほっそりとしたシルエットが強調される薄手のシャツを着て、汗まみれになりながら、ケイカの知らない歌を歌っていた。

 かなりの声量で、土手の上からでも聞こえた程だ。周りの音を打ち消すぐらいの力強さがあった。

 さらにその奥にも女の子――少年よりも年下に見える――がいて、簡易的なスタンドにキーボードを乗せて、曲を演奏していた。すぐに気づいたのだが、こちらは指使いが少々おぼつかなかった。

 ケイカは距離を縮めながらも、耳をそばだてて曲と歌を聞いていた。
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