第47話 罠(1)
文字数 1,344文字
いつまで歩いても、その場所に着かないことがある。
ケイカがいま学校から病院に向けて歩いている、この時間がそうだ。
慣れている道なのに、道路のアスファルトがこんなに荒れて、歩きづらかったのかと驚く。いつも見える家の青く尖った屋根や、目印にしている一時停止の標識が全然見えてこない。
早足になっても、進んだ感じがしないのは変わらない。むしろ余計に足取りが重い気がして、仕方がなかった。
ケイカはいつの間にか、短く喉に詰まるような荒い息を繰り返していた。いくら空気を吸っても、ただ入っては出るだけで、酸素が足りないせいだ
頭がくらくらするせいで、さっき起こった出来事が、ケイカには現実の世界のものに思えなかった。
サンジャオ。
そんな想いをかかえていたなんて知らなかった。いや違う。理解しようとしていなかった。あの子のことだから、何か私に伝えようとしていたはずだ。なのに私は気づけなかった。昼間から目を開けて眠っていたのかもしれない。
ケイカはサンジャオを、持ったことのない妹のように思っていた。それをあたり前として接していたし、だからこそ彼女を大事に守ってきたつもりだった。
でもそれは自分だけの感情で、思い込みだった。サンジャオの心はケイカの想像を超えて、ずっと大人になっていた。
まただ。この前もそうだった。
気づいた時には手遅れになっている事がたくさんある。そしてケイカはいつも遅すぎる後悔をする。周りの人が自分をどう思ってくれているかについて、私は本当に盲目で鈍感だ。
そんな重い荷を背負った経験のないケイカは、激しく動揺していた。
自分には支えきれない。早く誰かとこの問題を共有したかった。どうすればいいか、答えを導いてくれる人に、無性に会いたかった。
ようやく眼の前に見えた道路標識を確認して、ケイカは胸をなでおろした。あと少し頑張れば、そこに安らぎがある。
ケイカは三恵園には立ち寄らず、直接病院に向かって歩いていた。
総合病院の大きな立て看板の前を通り過ぎて、ついに敷地の中へ足を踏み入れた。
緩いカーブを描く石敷きの道を歩いていけば、そこには小さな庭があり、きっと待っていてくれる人がいる。
そう信じてケイカは、植え込みの間に設けられた背の低い木の門を押して、中庭に入っていった。
もうすぐだ。円形の噴水を回り込んだその先を左に行けば、待ち合わせの場所に着く。
もうすぐに。背の高いレッドロビンの壁に守られ、柔らかい芝生のベッドの上で、きっとこの胸を圧迫する悩みを分かち合える。
ケイカはぐっと拳を握りしめ、その道を曲がった。視界が開くと同時に、すらっとした人影が姿を現した。
「トウマ!」ケイカは口に出してその人を求めた。
ケイカの叫びにも似た声に、トウマは反射的に顔をあげた。彼女の二つの眼は、すぐに走ってくるケイカを捕らえた。
ケイカはトウマを見つけた嬉しさに安堵して涙ぐんだ。そして高ぶりすぎた気持ちのままに駆け寄ろうとした。ケイカの衝動は強すぎたので、トウマの前に立っていたもう一つの人影については、心が完全に排除してしまっていた。
黒髪の人物が振り向いて、ケイカを見つめた。その顔をケイカはよく知っていた――どこまでも整っていて、美しく傲慢で、そして冷たかった。