第50話 お土産(1)

文字数 1,049文字



 学年課題までの一週間は、ケイカにとって何の意味もない時間だった。

 誰からも連絡はなかった。誰にも連絡を取らなかった。

 むしろケイカは学校を一度も休まなかった。だからあの二人とは普通に教室や廊下で何度もすれ違ったけれど、互いに顔をあわせないし、会話もない。もし見てしまったとしても、顔がある場所には大きな穴が空いていると思えた。

 ケイカにはとにかく居場所がなかった。だからほとんどの時間を、誰もいない音楽室で過ごしていた。

 そこにいても、器なんて触りもしなかった。弾いたところで音はもちろん、色なんて滅茶苦茶なのがわかっている。それに触る気持ちもおきなかった。こんなに楽器を触らない毎日は、ケイカの記憶に無い気がする。

 身だしなみも気にしていなかった。きちんとくしけずらない髪は、みっともないくらいボサボサになっていた。いいや、どうせ誰にも見られないんだし。

 ほとんどの時間を、窓の外と天井の梁を眺めて過ごした。顔は向いているけれど、ケイカの瞳には景色が映っていなかった。

 雲と渦。怒り、悔い、喜び、悲しみ……様々な感情が湧き上がっては、ケイカの眼の前で螺旋を描き、回りながら消えていった。

 何時間も目の力を緩めたままだけれど、たまにピアノの天板の上に焦点が合う。置いてあるのは色譜。トウマが落としたものを拾い集めて置いていた。

 今のケイカにそれを広げる気力は起きない。

 そして再び窓の外を眺めて、そこに来ない影を探し求める。学校の誰とも喋りたくないのは本当だ。けれど、あのおじいさんになら、何か言うことあるかもしれない。

 ケイカは老人と会話がしたかった。花がどうかとか、色がどうかとか。そんな会話が無性に恋しい。(しがらみ)のない誰かとずっと、これまでの人生に関係ないことを喋っていたかった。

 夜、家に帰って食卓を囲んでも、ケイカの口の中でご飯は灰の味がした。でもまずいとも言わない。ただ喋らないと逆に声をかけられるので、ケイカは無口の理由を、あの女性特有の事情のせいだと訴えておいた。父からは一切の突っ込みはなかった。母親ですらずいぶん長いのねと、こぼしただけだった。

 お風呂のお湯の温度が分からなかった。だから自分の部屋に戻ったら、体中が真っ赤になっていた。

 自分の部屋にいても、何もできないのは変わらなかった。気づいたら意識を失ってしまい、起きてまた学校に行くの繰り返し。どれだけ生活を堕落させても、充実させても、何もしなくても、時間は公平に過ぎていく。

 そうして、学年課題を発表する日がやって来た。
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