第48話 罠(2)

文字数 1,311文字



「まあ、ケイカ」感情のない驚きと造られた笑いに、ケイカは直接心臓を打たれ、鼓動そのものを止められた気がした。

「エウカリス……」どうしてここにと続けたはずのケイカの台詞が、唇で逡巡(しゅんじゅん)し、音にならなかった。

「放課後に姿を見ないと思ったら、こんな庭で遊んでいたのね」庭を見渡したエウカリスは、足元に落ちていた小さな花を見つけ爪先で払った。「心配していたの」

 およそ似つかわしくないその言葉に、ケイカは寒気を覚えた。エウカリスが人を気遣う所など見たことがない。

「別に何もしないわ。先輩の務めとして様子を見に来ただけ。あなたが課題にしっかり取り組めているか気になってね。まあそれを一番気にしていたのは、あなたのお友達の方だけれど」

「友達?」ケイカは質問した。「……サンジャオのこと?」

「そう、お願いされたの。最近ケイカが腑抜けになっているみたいだから、調べてみて欲しいって。泣いていたわ、あの子。私に頼むなんて相当追い詰められていたんじゃない」エウカリスの目が細くなった。「そうして来てみたら……面白い課題の取り組み方をしてるわね、ケイカ」

 エウカリスの意味ありげな視線に気づいて、はっとしたケイカはその先を追った。トウマの様子がどこか違っていた。ケイカをちらっと見て、すぐに視線を反らした。いつも浮かべている余裕がなく、顔がひどく青ざめていた。

 二人の一瞬のやり取りを見て、エウカリスはますます饒舌に言った。「私、あなたの事をちょっと見直したかも知れない。お子様だと言ったけれど、あなたの取った行動は大人のものだわ」トウマを物のように指差す。「こうして周りの環境を無駄なく使って、最短のルートで行動しているもの。感心しちゃうぐらい!」

「最短のルート?」ケイカは訳もわからず、オウム返しに聞いた。

「はっ! とぼけるのが上手ね。じゃあ私から発表してあげる!」エウカリスは残忍な表情で言い放った。「あなたは最年少で色楽に選ばれた才能の持ち主。けれど選ばれたのは一人ではなかったわ。その隣にはいつも、原石のような輝きを持つ本当の天才がもう一人いたの。あなたに恋してやまない純朴で小さな子」エウカリスはケイカが顔色を替えたのを確認してから、続ける。「そう、誰のことかはおわかりよね。その子に脅威を覚えたあなたは、今回の課題が『恋』である事を利用して、排除する策を考えついた」

「は、排除って、何を言っているの?」

「それも演技のひとつなの、ケイカ?」エウカリスはせせら笑った。「まずは即席の恋人を作った。簡単だわ。相手はかつて色楽で抜群の才能を持っていた子。お名前はユミさんと言うわ――ふふ、ユイさんだったかしら――。あら、これは知らなかったのかしら。彼女は傷ついてろくに羽ばたけず、もがいてる小鳩みたいなものだったわ。そこに、少しだけ手を貸してあげたのよね。そうすればレースには出れなくても、空を飛ぶ真似ぐらいはできるようになる。そうして少しずつ喜ばせながら、あなたは弱った天才の体と心を自分のものにしていったのね」

 ケイカはエウカリスが抜かりない視線を投げるのを見て、その先を追った。そうして見たのは、真っ白な顔で立っているトウマの姿だった。

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