第23話 歌い手2(2)
文字数 1,246文字
トウマが咳払いをしたのを、ケイカは不思議そうに見ていた。
「とにかく僕なしでは、婆さまたちは今でもずっとテレビに張り付いて、お茶を飲んでたはずなんだ。わかったかい?」
「もう、意味わっかんない! あなただって男性でしょう?」ケイカの詰問は溜息に近かった。
「僕は特別なんだ。何といってもこの『声』を持っているからね。あの人たちに認められているのさ」トウマは言いたいことを全て伝えたので、すっきりとした顔をしていた。
ケイカは全然すっきりしなかった。内容もよくわからないうえに、軽い口調や演技っぽい仕草が加わって、トウマの主張はまったく信用ならない。信用ならないはずのだが――
ケイカの心に引っかかり続けているのは、歌っていた時の若者についての記憶だった。ケイカがトウマをいまいち信じられない気持ちがここにあるように、あの歌と声もここにある確かな真実だった。
何だか疲れてきた。こうして言い合っている時間が、ケイカにとって無駄なような気がしてきた。それにケイカには反論する材料が尽きかけていた。「聞くだけ聞いてあげるけれど……あなたは私に何を望むの?」
待っていたように、トウマは満面の笑みを浮かべて言った。「簡単なことだよ。僕の為だけに曲を弾いてほしいのさ。然るべき時間に、然るべき場所で」
「……それって、さっきの曲のリクエストみたいな事をするわけ?」
トウマはうなずいた。ケイカはじっと若者を見た。彼にきっとあるはずの、何か本当の目的を探ろうとした。けれどいくら見ても、トウマの表情からは何も読み取れなかった。
「ねえ……さっき私に言ってたけれど、トウマにもあるんじゃない? あなたにとってのメリットって何?」
「わあ、さすが色使いに選ばれるだけあって、頭の回転が早いね!」
「はぐらかさないで!」ケイカはぴしゃりと言った。「無いとは言わせないわ」
「それはね」トウマの声はふざけていたが、顔は下を向いていた。始終いたずらっぽい表情が、一瞬だけ真面目になったのだが、ケイカからはそれが見えなかった。
「君という楽器が手に入るからさ」振り向いたトウマの顔は、意図的に悪人っぽく見せていた。「歌い手の本分は歌うこと……でも僕みたいな頭がいかれている奴の声を聞いてくれる人なんていないからね。でも君のような認められている者が曲を弾いてくれれば、皆ちゃんと立ち止まってくれるはずだ。君の名前を利用して、もっと僕の歌を広めるのさ」
「……あなたの歌を広めて、どうするの? そもそも、なぜ歌おうとするの?」
初めてトウマの顔からおどけるような表情が消えた。目に光がなくなり、唇が一直線に結ばれていた。
「……ふん、君には関係ないだろう?」トウマは急に不機嫌になった。「それに、どうするとか、なぜっていう時の君の顔、少し馬鹿っぽいよ」
トウマはそう言うと、不機嫌にそっぽを向いて、廊下を歩き去ってしまった。
「何よ! こっちは返事もしていないのに……」急に取り残され、ケイカはやり場のない気持ちを抱えこまされる羽目になった。