第56話 発表会(3)

文字数 1,006文字



木原(こはら) 三角(みすみ)

 次はサンジャオの番だった。

 彼女もケイカの前を通って行った。ケイカは友人が近づいて来た時に、ゆっくりと顔を上げたが、サンジャオは表情をまったく崩さず、前以外を見ようとはしなかった。ケイカは失意のまま再び顔を伏せた。

 サンジャオは舞台にあがり、自らの楽器であるチェロの前に進んだ。色譜を取り出して、楽譜代の上に置く。

 広げた紙の左上に視線が移った時、サンジャオの動きが明らかに止まった。決意で作られていた硬い表情に亀裂が入った。隠していた想いが支えられなくなったのか、悲しみで一瞬表情が曇る。しかし再び心を取り戻した。ふたたび仮面を被り直した彼女は、しっかりとした口調で喋りだした。

「曲名は『シャーロットの踊り』です」

 隣に座っている生徒が驚いたぐらい、ケイカの肩が大きく震えた。ケイカはその曲名に聞き覚えがあった。超が付くほど高難度――そして、自分があそこで弾くはずだった曲。モノにするにはとてつもない努力が必要だが、弾きこなせれば間違いなく評価が確実に上がる、そう楽師に言われて練習を積み重ねてきた曲だった。

 倒れて血を吐いた後に、注がれた物はやはり毒だったと知らされた気分だった。けれど今は落ち着かなければ。ケイカは震える体を律し、息を吸い込んだ。

 サンジャオの演奏が始まっていた。それはピアノの伴奏をチェロにアレンジした物だったが、サンジャオは確実にその曲を自分の物としていた。ケイカは驚いた。友人がここまで器を使いこなせるとは思っていなかった。これは怒りによって開花した才能だろうか? いや隠れていた原石の本来の光かもしれない。それが天才的だったというだけだ。その小さな体から想像がつかない、どこか荒々しい演奏がケイカや聞く者たちを圧倒した。

 浮かんでくる色彩は単純な恋だけではなかった。想ったが実らず、不安や憤りの気持ちが大気に溢れ出る、やがてそれが巨大な怒りに発展するという、原始的な感情の流れを色の爆発で再現していた。小さな女の子が体で表す、実年齢を超えたその表現に、会場の誰もが圧倒された。

 サンジャオの演奏が終わった。震える腕に力をこめて、少女は弓を楽器からすっと離した。限界まで体力と精神力を使ったのだろう。サンジャオは肩で息をしていた。少女は評価を求めて楽師の方を見た。その視線は先生をさらに超えて、驚きを隠せないケイカに向かって、挑戦するように注がれているようにも見えた。
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